Debug


「みあ」

 声をかけられて、振り返る。そこに人好きのする笑みを浮かべる男が手を振っていた。
 授業のあと、与えられた課題に頭を痛めていた私の心が、ふっと軽くなる。

「陣、前の課題は終わったの?」

 私が訪ねると、彼は大げさに肩をすくめた。

「プログラム自体はちゃんと走るんだけど……」
「エラーがあるわけだ」

 私達は並んで歩く。彼の名前は、氷田陣(ひだ じん)。同じ教授の授業を取っている。

 彼の隣は、いつも私の居場所だった。
 彼のいる毎日にも、慣れてしまった。

「どこが間違ってるか、わかんないの?」

 陣は首を横に振る。


 プログラミングで一番大変なのは、このロジックエラーというやつだ。
 プログラム自体は走るのに、間違いがあるとき。
 何度コードを読み直しても、間違いが見つからないときは、本気で嫌になる。
 しかも、この辛さは、同じ辛さを共有している同士にしか伝わりにくい。
 たった一行や、一文字の間違いがプログラムを台無しにするというのに。


「みあは良いなぁ。プログラムの天使がついてるからなぁ」

 陣がぽんぽんと私の頭をなでる。小柄な私は、彼の隣にいると、子供みたいに感じる。

「そんなに良くないよ、まだ隈が消えないもん」

 そう言って笑いあう私達の目の下には、いつまでも消えない隈。

「俺にも天使こないかなぁ」


 プログラムを書くときに必要なのは、ずばり閃きだ。
 閃くか閃かないかが、事態を左右すると言っても過言ではない。
 私達はこの閃きを、天使と呼んでいる。
 天使が舞い降りるか、舞い降りないかが、単位を左右しているわけだ。

< 2 / 96 >

この作品をシェア

pagetop