ルージュはキスのあとで
「ちょ、ちょっと真美。それはないでしょ?」

「……うるさいよ? 彩乃」

「これが騒がずしていられますか! 進さまのこと、本当に知らないの? メディアには出ずっぱりだし、ほらテレビにもよく出てるんだよ?」

「へー、そうなんだぁ」


 そうなんだって……、彩乃は、私のあまりの無知ぶりに肩をがっくりと落とした。



「神崎 進(かんざき しん)。今めちゃくちゃ人気のあるメイクアップアーティストだよ!」

「ふーん」

 まだ関心が薄い私に、彩乃はむきになって雑誌を指さす。

「通称、進さま。ほら、メッチャキレイな顔してるでしょ?」

「女みたいにキレイすぎて、なんとも言えない」

「……」



 そのメイクアップ指南術と題された企画は、どうやらその『進さま』がやっているらしい。

 キレイすぎる横顔の写真を見て、もう一度「ふーん」と呟いた。

 そんな私の煮え切らない様子を見ていた綾乃は、心底心配そうに私の顔を覗きこむ。
 その瞳からは一種の憐れみのような感情も滲んでいて、こちらとしてもやりきれない。



「ねー、真美。もうちょっと女子力をあげてみようよ?」

「んー」

「今まではさ、中学、高校、大学と女子だけの環境で過ごしてきたからいいけど。私たち社会人だよ?」

「……」

「たしかにここもさ、女の園で男っていったらおじさんばかりだけど。それでも、これからいっぱい色んな出会いがあるんだよ?」

「……ん」

「今、女子力をあげてさー。いい男ゲットしようよ」

「……」

「いい男ゲットもそうだけどさ、社会人としてまともに男性とお話できないのはいろいろとマズイでしょ? 仕事にも今後影響が出てくるかもよ?」



 パタンとファッション雑誌を閉じると、彩乃はそのファッション雑誌を私に手渡す。



「たまにはさ、小難しい小説とか読まないでファッション雑誌とかにも目を向けなよ」

「別に難しい本は読んでないよ?」



 今、自分が読んでいる文庫本を彩乃に見せる。
 それを見て、彩乃は眉を顰めた。
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