ビロードの口づけ
プロローグ


 派手な物音に目を覚ましたクルミは、ベッドの上に身体を起こして物音のした窓を見つめた。

 寝る前に窓は閉じられていた。
 それが今は開け放たれ、煌々と月の光が室内に降り注いでいる。
 その窓辺に真っ黒な塊がうずくまっていた。

 クルミに気付いた塊は、ゆっくりと立ち上がった。
 真っ黒な四つ足の獣。

 小さな頭の上にはとがった大きな耳が、ピクピクと別々に動きながらあたりを警戒している。
 全身は真っ黒な短い毛に覆われ、月の光に輪郭を青白く浮かび上がらせていた。

 まるで大型の猫のようだ。

 左の後ろ足が少し縮められている。
 太もものあたりにケガをしているようで、足先から血を滴らせていた。

 クルミが少し動くと、獣は前屈みになり、鼻筋にしわを寄せて口を薄く開き低くうなった。
 長いしっぽがゆっくりと左右に揺れている。
 金色に光る目がクルミを見据えた。

 獣は人を襲うことがある。
 獲物として捕捉されたような気がして全身総毛立つ。

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