クランベールに行ってきます


「黙ってろ」

 囁くように命令するとロイドは少し目を細めて結衣を見下ろした。
 非難するようにロイドを睨んで、開きかけた結衣の唇をロイドの唇が塞いだ。
 気持ちは逃れようとするが、心臓が爆発しそうなほど鼓動が暴れて呼吸が乱れ、腕に力が入らない。唇から伝わる熱が結衣の全身を熱くする。
 ほんの数秒の出来事が、結衣には永遠とも思えるほど長く感じられた。

 きつく抱きしめていたロイドの腕の力が、一瞬緩んだ隙を突いて、結衣は思い切り手を伸ばしてロイドを突き放した。
 乱れた息を整える間もなく、右手でロイドに平手を振り下ろした。
 しかし、すんでのところで手首を掴まれ不発に終わる。
 今度はすかさず左手も振り下ろしたが、やはり失敗した。

「何をする」

 結衣の両手首を掴んだまま、ロイドは不思議そうに尋ねる。

 悪びれた様子もなく、平然としているロイドが小憎たらしくて、結衣はヒステリックに怒鳴った。

「こっちのセリフよ! 帳消しって何? 意味わかんない!」
「オレの方こそ意味がわからない。オレとキスしたいと言ったのはおまえじゃないか」

 そんな事を言った覚えはない。

 結衣はロイドから視線を外し、クランベールに来てから今までの記憶をめまぐるしいスピードでたどり始めた。
 結衣が考え込んだのを見て、ロイドが種明かしをした。

「マイクロマシンを飲ませた時、吐き出したものを飲むより口移しの方がいいって言っただろう」

 血管が千切れたかと思うほど頭がクラクラした。
 ”いい”とは言っていない。
 ”マシだ”と言ったのだ。

 ”オレとキスしたかったのか”って、冗談で言っているのだと思っていた。

 常人とは違う思考の流れに呆れて、結衣は再び怒鳴った。

「学者のくせに、頭悪いんじゃないの?! どうしてくれるのよ! 初めてのキスなのに!」
「え?」

 意外にもロイドが困惑したような表情で、結衣の両手を離した。
 殴るなら今がチャンスのような気もするが、思いも寄らないロイドの反応に、結衣は一気に力が抜けて思わずクスリと笑った。

「ウソよ。あなたでもうろたえる事あるのね」

 ロイドは少し眉を寄せると、メガネをかけ直した。

「……からかったのか?」
「からかわれてばかりじゃ、シャクだもの」

 結衣はクルリとロイドに背を向けた。
 自分が泣きそうな顔になっているのがわかっているから。


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