クランベールに行ってきます


 キョトンとするロイドに結衣は手の平を広げて差し出した。

「書くものちょうだい」

 ロイドが白衣の胸ポケットからメモ帳とペンを取り出して渡すと、結衣は床の上でそこに簡単な世界地図を書いた。
 それをロイドの前で指し示しながら説明する。


「ここがアメリカで、ここが日本。私の知っている世界はこうなの!」


 ロイドはしばらく結衣の書いた世界地図を黙って見つめていた。
 少しして、額に手を当て天井を仰ぐとひとつ大きなため息をついた。
 そして俯くと頭をガシガシとかきむしった。


「面倒な事になったみたいだぞ」
「どういう事?」


 今ひとつ状況の飲み込めていない結衣は首を傾げてロイドを覗き込む。

 ロイドは横目で結衣を見ると口を開いた。


「おまえがここにいるのは手違いだと言っただろう。オレはオプションの転送設定なんかしていなかったんだ。装置の検索モジュールに潜在バグでもあったのかと思ったが、事はそんな単純なものではなさそうだ。装置に誤動作を起こさせる何らかの要因があったとしか思えない。でなければ、ここに異世界の人間が転送されるはずはないからな」


 学者の言う事は無駄に小難しくていけない。

 結衣はロイドの言葉を頭の中でかみ砕いて自分なりに理解した。
 ようするにここは結衣の知らない世界。


「異世界……?」
「そうだ。おまえは異世界から来たんだ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、ロイドは立ち上がり、

「ラクロットさん、まずい事になった」

 そう言いながら、ガラスの筒から出て行った。


 結衣がそれをガラス越しに目で追うと、ロイドは部屋の隅に控えていた初老の紳士に何か話しかけている。
 紳士は最初驚いたような顔をした後、ロイドの話を聞きながら時折何度か結衣の方を見て頷くと、足早に部屋を出て行った。


 結衣はその様子を呆然と見つめながら、停止しかけた頭でポツンとひとつ考えた。


 異世界って、外国とどっちが遠いんだろう。

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