クランベールに行ってきます
言われるままに結衣が立ち上がると、ロイドは頭の天辺から足の先まで、結衣の姿をしげしげと眺めた。
「声も顔も背格好も、ほぼ見分けが付かない。おまえの方がかなり細いが、服を着たらわからないだろう。おまえ、もう少し太れ」
相変わらずの命令口調に結衣は不愉快そうに眉を寄せ、腕を組むとロイドを睨んだ。
「どうして私が王子様の体型に合わせなきゃならないのよ」
「抱き心地が悪すぎる。小骨が刺さってしょうがない」
ロイドの言葉がまったく王子とは関係のない事を意図していたのを知り、先ほどのしかかられた事を思い出して、結衣は真っ赤になって怒鳴った。
「あなたに抱かれるつもりないから! ひとの事をイワシの煮付けのように言わないで!」
ロイドは額に手を当て嘆息した。
「その声で女言葉はよせ。殿下がご乱心あそばされたかと思われるだろう」
「この薬、効果はどのくらい続くの? 毎日飲んでたら効かなくなるんじゃない?」
「それは薬じゃない。人の話は真剣に聞け。薬が都合よく移動したりするわけないだろう。声帯に取り付いて声帯の振動を制御するマイクロマシンだ」
不愉快そうに無言で睨む結衣を見て、ロイドは言い直した。
「声帯に取り付ける、ものすごく小さい変声機だ。作動時間は約十五時間」
機能についてはわかったが、何の役に立つのかよくわからない。
今回はたまたま役立っているようだが。
それが気になったので尋ねてみた。
「どうして、こんなもの作ったの?」
「男が女の声になったらおもしろいと思わないか?」
頭の中を木枯らしが吹き抜け、カラスが一声啼いたような気がした。
どうやら元々自己満足のおもちゃのようだ。
そのおもちゃにロイドは一年かけて臨床試験を行ったと言っていた。
改めて学者の思考回路はよくわからないと結衣は思った。
少しの間、絶句してロイドを見つめた後、結衣は大きくため息をついた。
「言っとくけど私、王子様の身代わりをするとは言ってないわよ」
結衣がそう言うと、ロイドは下からすくうようにあごを掴んで、その顔を覗き込んだ。
「おまえに選択の権利などない。拒否するなら監禁するぞ。この顔で国内を自由にうろつかれては困るからな」
「別にそれでもいいわよ。ご飯は食べさせてくれるんでしょ?」
結衣はロイドを見据えて不敵に笑った。
そうそう脅しに屈してなどやらない。