束縛+甘い言葉責め=溜息
 ドキッとして、目を逸らした。

「作るだけ作って、私に育てさせて、私、働きたいって前から言ってるのに、全然話聞いてくれないし」

「……、小遣いなら増やすよ」

 家ではタバコを吸わないと決めている。だが、今日ばかりは我慢できずに、胸ポケットに手を伸ばした。

「……タバコなんか吸って……。やめよ! 子供いるんだから。ほら、全然考えてないじゃん」

「真紀さんよりは考えてるよ」

 立ち上がり、すぐに水道水で火を消した。

「……私、今日は一時保育の予約してるから」

 寝耳に水の話だった。

「聞いてないよ」

 睨まないと分からないのか、と視線で伝える。だが、相手はこちらを見てはいなかった。

「言ったってどうせ家で寝てるのに関係ないじゃん」

 そして、1人ふいっと部屋から出て行ってしまう。

 酷い怒りようだ。何か手を打たないと、静まらないかもしれない。

 溜息を1つついて後を追い、洗面所で鏡を見つめながら髪を梳く彼女の背後に立った。

「一緒に行くよ。どこ行きたい?」

 眠い身体に鞭打ってその一言を出す。

「いいよ。疲れてるのに。どうせ明日の休みもないんでしょ?」

 図星だった。明日は休みの予定だが、既に新店舗オープンの打ち合わせの予定を昼から入れてしまっている。

「4時までには子供迎えて帰って来る。今日は1人でいたいから。修ちゃんはここで寝てて」

 少し、おさまったか……。

「行くよ……」

 だが、ここで引き下がったと思われたくない。

「いいよ。……私だって1人でいたい時もあるし」

「……」

 そんな風に思うことがあるなんて、予想もしなかった。

あまりのショックに返す言葉が見つからない。

「……今日は髪切ったりしたいの。予約してるし……。
修ちゃんは寝とかないと、夜出られないよ」

「……いいよ、送る。真紀さんが髪切ってる間、車で寝るよ」

「いい。……たまには私の言うこと、聞いてよ」

 溜息と一緒に吐き捨てるように言われた。

 真紀の思い通りにしてきたはずが、こんな風に疎まれていたなんて。

「……もう行くね。保育園」

 それだけ言って本当に出て行ってしまう。

 パタンとドアか締まるなり、椅子に腰かけた。朝飯が何も用意されていないテーブルの上には、パートのチラシと保育園の申込書が数枚あるだけ。

 たまらなくなって、タバコをポケットから取り出した。

 苦い煙を吸い、また吐く。

 肩凝りがひどいせいか、頭が痛い。

 キッチンに舞う煙を見て、思い直して、立ち上がり、まだ長いタバコをやはり水道水で消した。

 夕方、みんなが帰って来るころには、頭痛を治めておかなければいけない。

 まだ朝は始まったばかりだというのに、今日何度目かの溜息を吐き、そのまま2階へ上がった。
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