ビロードの口づけ 獣の森編


 ライの横をすり抜け、ジンは石段を駆け上る。
 上の階に上がった途端、全身にまとわりつくような甘い香り。
 窓辺に佇むクルミが弾かれたようにこちらを向いた。


「ジン?」


 クルミの姿を見たと同時に、ジンは駆け寄りきつく抱きしめていた。
 呆気にとられたようなクルミの表情がゆっくりと微笑に変わる。
 細い腕がジンを抱きしめ返した。


「心配かけてごめんなさい」


 クルミの温もりを実感し、彼女が無事である事にホッとした。
 一気に気の緩んだジンはクルミの腕の中で獣姿に戻っていく。
 ジンの身体を支えきれず、クルミが床に腰を落とした。

 身体にまとわりついた服の中から、スルリと抜け出した黒い獣はクルミの両肩に前足を乗せて、のどを鳴らしながら顔をペロペロと舐める。

 クルミが獣を抱きしめて、くすぐったそうにクスクスと笑った。

 後ろから遅れてやって来たライの呆れたような声が聞こえた。


「おやおや。私はお邪魔のようだね。おとなしく退散するよ」


 遠ざかるライの靴音が聞こえる。
 後で散々からかわれる事は分かっているが、今は素直にクルミの無事を喜びたいとジンは思った。

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