重なる身体と歪んだ恋情
軽くノックをして応接室に。


「あぁ、桐生さん」


年上の念を込めて、と言うことだろうか。

彼は私のことを『桐生さん』と呼ぶ。


「お久しぶりです、お義兄さん」


私は当然のように彼をそう呼ぶ。嫌味を込めて。


「いやだな、止めて下さい。僕のほうが年下なのに」


えぇ、年齢的にも精神的にも何もかも彼は私より未熟だ。だから、


「それで今日はどのような?」


こんな私の問いに、


「あ、えと、ですね、実は友人の事業を手伝おうと……、いやっ、これは本当に素晴らしい事業で――」


まくし立てるようにこれから行おうとする自分の所業を正当化しようとする。

実の妹の安否など欠片も気にかけることなく。


「投資、と言うことですか? ご友人の構想は立派ですがそれにはかなりの資金が必要なように見受けられますね」

「そうなんです! ですから、その、多少でいいので私に融通してもらえないかと……」


語尾は消え入るように小さい。

全く、馬鹿は一度死んでも治らないかもしれないな。


「お義兄さん、確かに立派な構想ですがどう考えてもそれには無理がありますよ。もう少しお考えになられては?」

「あ……、いや、でも」

「必ず利益の出る商売などこの世には存在しません。融資と言うのは一種賭けなのです。海外で工場を増設のことですがそれは本当にあるのですか? 確かめられました?」

「え?」


一瞬で顔色を変える目の前の男。

馬鹿。

もっと彼を貶めるような言葉は無いものだろうか。
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