主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまが消えてから1ケ月――

息吹の腹はますます大きくなり、そして変化する身体とは裏腹に、心は病に蝕まれ始めていた。

何をするにしても目はうつろで、時々主さまの名を呟く。

夜半を過ぎて、眠っているはずの時間帯に…庭に降りて夢遊病者のようにあてもなくさ迷う。

その度に山姫や雪男が部屋に連れ戻して監視をするようになり、そして――


晴明が静かに、切れた。


「…あの鬼はろくでもない男だったな。息吹、私が悪かった。十六夜ならばそなたを幸せにできるやもと勘違いしてしまった」


「……父様…主さまは…どこ…?」


口を開けばそればかり。

床に臥せってからもずっと同じことを訊ねてくる息吹を抱き起した晴明は、昔よくしてやっていたように膝に乗せて背中を擦ってやりながらもたれ掛らせる。


「父様が捜してあげよう。止むを得まい…あの術はかなり気を削るのだが…致し方ない状況というのが今だからね」


息吹がうつろな目で見つめてくる。

いつもは身ぎれいにしているのに髪はぼさぼさで、櫛で丁寧に髪を梳かしてやって寝かせると、机の引き出しを勝手に開けて息吹が取り揃えていた主さま用の髪紐に注目した。


「息吹、十六夜の髪紐を1本借りるからね。私が使おうとしている術に必要になるのだ」


「父様……主さまは……」


「今日中に私が捜してみせる。わかったらすぐに駆けつけるから、そなたはゆっくり寝ていなさい。…孫はどうかな?元気にしているかい?」


布団を捲って息吹の腹に手をあててみると、ぽこぽこと動いているのがわかる。

本来なら満面の笑みを浮かべて愛しげに腹を撫でているはずの息吹は、手足をぴくりとも動かさずに糸の切れた人形のようになっていた。


「…痛ましいことだ。私の考えが浅かった。離縁など生ぬるい。私が十六夜を見つけて、そして……」


それ以上は口に出さず、烏帽子をかぶり直した晴明は縁側で見守っていた雪男に息吹の監視を頼んで庭に降りた。


「晴明。殺気が噴き出しているぞ」


「銀か。…そなたに力を借りるやもしれぬ」


「十六夜を強制的に捜し出すつもりだな?…それでどうなる?」


晴明はひと呼吸置いて、いつもは隠している鋭い爪を出して視線を落とすと――小さく呟いた。


「戻って来ぬ理由は何にせよ…瀕死の目に遭わせる。なに、殺しはせぬ。息吹が悲しむ故」


「…俺に手伝えと言うのか。酷な奴だな」


銀の耳と尻尾はだらりと下がり、晴明は…黒瞳を金色に光らせて、静かに荒ぶる。
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