主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
ちょうど息吹が手を合わせて地主神に祈りを捧げていた頃に山頂に到着した主さまは、また姿を消して息吹の背後に立っていた。


小さな人の姿になった地主神が大きな石に座って祈っている息吹を微笑を湛えて見ていたのだが、主さまが到着するとその微笑がにやけ笑いに変わる。


そして八咫烏に乗って晴明と息吹が裏山を後にすると、地主神は主さまを人差し指で招き寄せて上体を倒した。


「そなたは何をしておる」


「…見ての通りだ」


「離縁か?そなたの後継となる子と愛しき妻と離れ離れになるのか?」


「離れ離れなどにはなっていない。…いつも傍にいる」


「屁理屈を言うでない。堂々と姿を現して傍に居てやれ。そなたらが離縁してしまうと、あの娘がここに来なくなるではないか」


「…………」


主さまは切れ長の瞳を細めて地主神を睨んだ。

だが地主神は利いた風でもなく髭を撫でながらため息をつく。


「せっかく儂が願いを叶えたというのに。お産はつらいものになるぞ。傍に居てやるのじゃ」


「…さっきは安産だと言ったじゃないか」


「安産とは言うておらん。時間はかかるが確と産まれてくると言ったのじゃ。初産で逆子とは血を吐くほどにつらく苦しいものとなるぞ」


目を見張った主さまの口がわずかに開いて動揺を隠しきれなくなると、地主神は生い茂る木々の間から空を見上げてぽつりと呟いた。


「不穏な空気じゃ。何かとてつもなく禍々しいものが押し寄せてくる」


「…酒呑童子のことか?」


「そなたが止めねばあれはそなたばかりでなく、あの娘までも腹の子もろとも葬りに現れるぞ。しっかりせんかい、童っ子め」


地主神が不吉な予言を残して姿を消すと、主さまは風の如き速さで裏山を駆け下りて母屋に戻った。


あと数日――

数日で、息吹の陣痛は始まる。


子も息吹も奪われたくない。

奪われる前に、こちらが酒呑童子の命を奪わねば。


「…殺してやる……」


主さまの瞳に青白い炎が燈る。
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