主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
“部屋には行かない”と宣言したが…

助平なことをされないように距離を置いておこうと決めた息吹は、そっと襖を開けて中の様子を窺った。

眠っていたと思っていた主さまは襖と障子で閉め切った部屋でのんびり読書をしており、小さく息をついた息吹は手を伸ばしても触れられない距離で正座をして主さまを睨んでいた。


「……」


「……何故俺は睨まれているんだ」


「私に謝ったりとかそういうのはないの?」


「何に謝るんだ?意味がわからない」


その返答にぷんぷんした息吹は、もう主さまを無視しようと決め込んで、同じ部屋に居ながら箪笥の中から様々な色の手拭いを取り出して手に取り、楽しんでいた。

様々な色の折り紙や貝…そういったものが大好きで目で楽しむ息吹のためにと百鬼や晴明たちが贈ったものだが…息吹の首には未だに桃色の手拭いが巻かれている。


「…そろそろ痣は取れたのか?」


話しかけたが息吹の返事はなく、無視をするつもりなのだとすぐ悟った主さまは息吹ににじり寄って視界に入るようにして座り直す。

だが息吹は顔を上げず、手触りの良い絹でできた白の手拭いを撫でて楽しんでいた。


「おい息吹、俺を無視するな。何故俺が謝らなければならないんだ。妻に口づけをしただけじゃないか」


――もちろん自分だって人前であんなことをするのは憚られたし見られるのは嫌だったが、義経をもう来させないためにはああするしかなかったのだと今でも思っている。

あくまで顔を上げない息吹の顎を取って無理矢理上向かせると…唇は思いきり尖っていて、思わず噴き出してしまった。


「私、怒ってるんだから」


「また怒っているのか。そんなお前の顔も嫌いじゃない」


「!も、やだ…主さまの馬鹿。ちゃんと謝って」


「悪かったと思っていないが一応謝る。すまなかった」


本当に悪いと思っていないのか、誠実な気持ちのこもっていない謝罪をした主さまの頭に軽いげんこつを1発お見舞いした息吹は、首に巻いていた手拭いを取って薄くなった痣を見せた。


「明日には多分痣は取れると思うけど…主さまのは?」


「俺のやつも恐らく明日にはなくなる。…またつけてやろうか?」


時々恐ろしく大胆になる主さま。

息吹はまた1発げんこつをお見舞いしてささっと離れると、主さまをくつくつ笑わせた。
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