聴かせて、天辺の青
「ねえ、弾いてみてよ。何でも、弾ける曲でいいから」
沈んでしまうかと思われた紗弓ちゃんの声が、ぷかりと浮上した。よかったと思う反面、何を言い出すんだと驚かされる。
小花ちゃんが手を止めて、ぴょんと椅子から降りた。振り返って、『どうぞ』と彼に言うように。
どんな反応をするのだろうか、本当に弾くのだろうか。黙って見守る私は冷静なふりをしているけど、本当はかなりドキドキしている。
「ちょっとだけでいいから」
紗弓ちゃんに強請られて、彼は小さく息を吐いた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
あまり乗り気でない顔をしながらも彼は椅子に腰を下ろして、ゆっくりと鍵盤に手を伸ばす。
彼の指が鍵盤を弾く。
胸がぞわっと震えた。
これは本当に弾けるんだという驚きだけじゃなくて、彼の表情が変わったことに対する驚き。
何かを愛おしむように鍵盤を追う彼の横顔から、いつしか私は目が離せなくなっていた。