聴かせて、天辺の青

私が目を逸らすより早く、彼が目を逸らした。やっぱり気に入らない態度に変わりはない。


隣のおじさんが、彼の肩に手を置いて顔を寄せる。


「東京に居た方が仕事あるんじゃないの? 選り好みさえしなければ、それなりに給料もいいんだろ?」

「そうですね……でも飽きたんです、退屈だったし、あそこだけが特別じゃない、適当に寄せ集めた町だと思ったから」


彼は笑顔で返して、ゆっくりと目を細めた。突き放すようにも、寂しそうにも見える顔をして。


隣のおじさんが注いだ日本酒をぐいと仰いで息を吐く。何か辛いことを思い出しているように思えた。


「でもさ、そんな町でも魅力があるから、人が集まるんだろ? 若い奴なんか進学って口実作って東京に行きたがる」


と言ったのは、息子さんが東京の大学に進学して就職したまま帰ってこないというおじさん。彼は大きく頷いて、


「あそこには選択肢が多いだけで、魅力なんてない。ただの空想です。ここはいい町ですね、海が綺麗だ」


と口角を上げる。


「夏になったら海水浴がメインだからな、海棠君も泳いで少しぐらい鍛えなよ」


隣のおじさんに勢いよく背中を叩かれて、笑う彼は私をちらりと見た。何か言い出しそうな顔をしているのに、すぐに目を逸らしてしまったけど。





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