製菓男子。
店の前には黒のワンボックスカーが止まっている。
これは兄の車で、返す前にアンティエアーに立ち寄ったからだ。


人がすれ違えないほど狭い厨房の通路に、塩谷さんはスツールを置いて、わたしをそこに座らせた。
作業台が、大きなテーブルだ。


「もうちょっとで焼けるからね」


バターを使うのは何年ぶりだろと楽しそうに苦笑しながら、塩谷さんは紅茶を入れてくれた。


「宮崎さんから聞きました。アレルギーだったって」
「小さい頃の話。小学校の高学年になるに連れて、徐々に耐性ができていったよ。今は体調がわるいときに出るくらいかな。だけどどうも苦手で」


宮崎さんは“制限の範囲内でどうやるかを考えるのが楽しい”タイプなようで、保守的な実家のパン屋では肌があわなかった。
それだけでなくあんこが苦手というのも、原因のひとつらしい。
しかもアンパンで有名な老舗のパン屋の長男だったから、困った両親が講師資格を取るように頼んだという話だ。


(なんとしても継いで欲しかったんだろうなぁ)


いろいろな葛藤の末、最終的に宮崎さんは塩谷さんの誘いに応えたのだそうだ。
販売の際バターを使わないことも、もちろん快く承諾している。


(塩谷さんは「ゼンは冒険家だから」って以前言っていたような気がする。けれど宮崎さんの作り出すお菓子はどれもおいしいし、わたしにはその感覚、よくわからないんだけどな)
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