製菓男子。
「ごめんなさい、わたし、覚えていなくて」
「その理由、俺、なんとなくわかるから、そんなに気に病まなくて平気だよ」
「塩谷さんは、わたしよりわたしのことを知っているんですね」
「その言い方だと、俺、チヅルちゃんのストーカーっぽいからやめて」
「そんなつもりじゃなくて」


ごめんなさいともう一度謝ると、塩谷さんは鼻頭を掻いて困っていた。


「俺こそそんなつもりで言ったわけじゃないから。冗談として受け取って」
「―――はい」


冗談とか、そうじゃないとか、その境界線がわかる性能がわたしにはまだない。
それを満たすためには人との会話を今以上に増やさなくてはいけない気がする。


(人の気持ちが、もっと、わかるようになりたい)


俯くわたしの頭部に、塩谷さんの手が乗った。
その手は焼きたてのホットケーキみたいにふかふかあたたかい。


「苦笑しながら泣く、チヅルちゃんもかわいいね」


塩谷さんの携帯電話が、ジーンズの後ろポケットで鳴りだした。




< 193 / 236 >

この作品をシェア

pagetop