弁護士先生と恋する事務員
法律事務所と言うと“カチッとした”イメージがあるけれど、
ここは少し様子が違っている。


長年、純喫茶として使われてきたこの場所を

マスターの引退と同時に、今のボスである剣淵光太郎先生が譲り受けたのだ。

だから建物自体はとても古いのに、それが何ともいい味を醸し出している。


明かりとりのために埋め込まれたガラスブロックの壁からは
白くてやわらかな外光が差し込んでくる。


無造作に塗られたオフホワイトの漆喰(しっくい)壁。


ニッチと呼ばれる、壁をくりぬいた飾り棚。
喫茶店時代はここに、たくさんのジャズのレコードを並べていたらしい。


深いこげ茶の無垢材をヘリンボーンに並べた床。
歴史を感じさせる、なんとも良い色と艶を帯びている。


60年代を思わせるソファーやテーブルはとてもお洒落で、
その当時を模倣したレプリカ家具かと思いきや、なんと喫茶店時代から使っていた年代物なんだそうで。


何も知らないで足を踏み入れた人がいたら、ここが法律事務所だなんて思いもしないだろう。


どうして先生が、街中のオフィスビルじゃなくて下町の喫茶店跡に事務所を構えたのかはわからないけれど

ここが先生にとって、居心地のいい場所であることは間違いなさそうだ。



私は手早くほうきで床を掃き、机のほこりを払う。
花びんの水を取り替えて、鏡と窓ガラスを拭きあげる。


オフィスにはグリーンも欲しいから
アイビー、ワイヤープランツ、グリーンネックレスなんかの
小さめの観葉植物を、あちこちのニッチに飾っている。


古いものは放っておけば薄汚れるし
手をかければ味が出る。


毎朝誰よりも早く来て、事務所のすみずみまでピカピカにする。


それが法律に詳しくもない、小娘事務員な私に今できる精一杯。
 
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