私は彼に愛されているらしい2
明らかに自分に発せられている言葉だと確信し沢渡は体を東芝へ向き直す。

しかし東芝は手帳を捲りながら沢渡の少しずつ高まる不満指数を受け流していた。

口調、態度、内容、どれをとっても喜べるようなものではないことは分かっている。東芝との関係がよくないことも沢渡は知っていた。

「だからもっちー、獲られちゃったんじゃない?」

わざと沢渡しか使っていない愛称を口にして東芝は鼻で笑う。

楽しそうに笑みを浮かべるその態度は明らかに沢渡の何かを嘲笑っていて、その悪質さだけは十分に伝わり沢渡は眉を寄せて目を細めた。

「余裕が油断になって取り逃がした。だから甘いんだよ、仕事も。」

パタンといい音をたてて手帳を閉じれば、ようやく東芝は沢渡の方を視界に入れて口の端を上げる。

東芝が笑うのは初めて見た。

しかしそれは笑顔ではなく、嫌な印象を与える表情なだけに沢渡も険しくなっていく。

「就業中にくだらない話をして仕事の邪魔をするの止めて貰える?ここ、コンパ会場じゃないんで。」

そう言うと立ち上がり東芝は去って行った。

立ち去る前の東芝の表情は実に楽しそうで、ザマアミロと全身で笑っていた気がする。

毒を吐き出していく東芝は今までに何度も見てきた、しかしここまで強い毒は初めで自分に向けられたのも初めてだったのだ。

沢渡の中に生まれた苛立ちは時間に比例してどんどんと膨らんでいく。

ほどなく端末から近い自席に着く東芝から目が離せず、しかし何かを言い返すことも出来ずに遠くから睨むことしか選択肢は無かった。

眠気なんてどこかに飛んで行ってしまったようだ。

浮ついた自分も知っていただけに胸の内で浮かぶ言葉でさえも見つからなかった。

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