くろこげのホットケーキ
1. 結婚する、って湖山さんに言えな・・・
結婚する、って湖山さんに言えなかったのは、もちろん、俺が湖山さんのことを好きだったからです。それ以外の理由なんてない。他に説明のしようがないですよ。あんたが好きだったから言えなかった。それだけです。

湖山さんが怒ったみたいに電話を掛けて来てくれた時、どうしていいか分からなくなった。珍しいくらい感情をむき出しにして、俺は、俺のことでそんな風に不機嫌になる湖山さんの声をいつまでも聞いていたかった。ねえ、俺が結婚するって聞いて、アタマ来た?俺が結婚したらまずい?ねぇ、そうなの?

違うよね。そんなの、分かってる。

それでも「どうして言ってくれなかったんだよ?どうして俺に内緒にしてたんだよ?」って責めて欲しかった。俺にとって湖山さんがどんなに大事なのか湖山さんにだって分かっていたはずだ。湖山さんが声を荒げたらその分だけ「俺はお前にとって大事じゃなかったのか?」って問い質されてるんだって思えただろう。それは、同時に湖山さんにとっての俺の重さが分かる<秤>になるんだっていう気がした。



なのに、湖山さんは俺を責めたりなんかしなかった。「俺に黙ってる事があるのか?」って冷静さを失った声で掛かってきた最初の電話はそれっきりで、やっと仕事が終わって、夜に電話したときにはもう、どうでもよかったのか、電話にも出てくれなかったし、やっとつながった時にはいやに静かで、何も訊かないし、多分、俺が言いたいがあるなら聞いてやろうっていう感じだった。

あの時、「俺の部屋に来る?」なんてあんたは簡単に言ったけど、そんなこと、簡単に言って欲しくない。

湖山さんの匂いが充満する部屋、隅々まで。どこからでも俺を煽るから苦しくて、切なくて、自分の欲望と戦ってボロボロになる。そんな思い何度でもすればいいって言うのか?罪深い恋をしているから?

湖山さんの部屋に一歩でも入っていたら、きっと俺は我慢できなかった。家で二人きりで湖山さんの顔を見たら、きっと、すべてを言ってしまっただろう。湖山さんのことがずっと好きだった、だから言えなかった、って。きっと、言葉だけじゃなくて、俺の全部使って伝えただろう。

だから、湖山さんの部屋に入れなくて良かった。これで良かったんだ。

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