砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
スワイドの尋常ならざる荒れた態度からも、恐ろしい罪を犯して逃げてきたのは間違いない。

だが、サクルの手で血の繋がった兄を殺して欲しくはなかった。


「リーン、このスワイドの罪は悪魔の水を持ち込み、それを飲み、シャーヒーンやアミーンに斬りかかっただけではない。なんの罪もない、無抵抗の侍女を、この男は襲った」


リーンは驚きのあまり言葉もなかった。

どうしてそんな危険を知りつつ、サクルが帯剣を許したのか……冷静であるなら尋ねたかもしれない。

でも、このときのリーンには思いつくはずもなく、ただ、愚かなスワイドが悲しくてならなかった。


「いいだろう。正妃に免じて、この場で処刑はせずにおこう」


言い終えると、サクルは顎をしゃくる。


リーンがその方向に目をやると、暗がりに松明(たいまつ)の灯りがいくつか見えた。

宮殿の外で待つように言われたスワイドの従者たちが、何ごとかとテントから這い出し駆け寄ってきたらしい。


サクルは大きく息を吸い込み、彼らに向かって厳しい声で叫んだ。


「私はクアルン国王だ! バスィールの愚か者スワイドは、我が宮殿で罪を犯し、砂漠の掟により流砂の谷に落とされた。この者を助けたければ、すぐさまバスィールに戻り、大公の許可を得て引き上げに必要な兵を連れて参れ。間違っても五人や十人で引き上げられると思うな。スワイドは一日も早く、兵が到着することを祈るがいい。お前の行いが正しければ、神が聞き届けてくれよう。――さあ、行け!!」


従者たちは転びながらテントに駆け戻っていくのだった。


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