狡猾な王子様
泥の跳ねたネイビーのワンボックスで、あまり舗装されていないでこぼこ道を走る。


スピーカーから流れているのは学生の頃から好きな女性アーティストの恋愛ソングで、型の古いカーナビのディスプレイにはひと昔前にヒットしたその曲名が表示されている。


黒いシートの座席には、色褪せたブラウンのファークッション。


子どもの頃に夢見ていたおしゃれな生活とは程遠いけど、地味な私にはこんな日常がよく似合っている。


でこぼこ道を抜け、ようやく車通りのある道路を走り出した数分後には再び小道に入る。


しばらくすると木々に囲まれ始める道は、次第に都会とは掛け離れた雰囲気を醸し出す。


窓を開けて自然の空気を感じながら車を走らせ続けると、視界に入って来るのはロッジ風のオシャレな建物。


その駐車場に車を停め、エンジンを切ってトランクから荷物を下ろした。


サイドミラーでさりげなく前髪をチェックし、いつものように小さな深呼吸をひとつしたあとで、満面に笑みを繕ってから木造のドアを開けた。


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