異国のシンデレラ
クルミはどこだ…この安堵をクルミと分かち合いたいのに…。

「ウィリアム」
「サイクス…クルミはどこだ」
「化粧室に行くと言ってトランクから鞄を出して行った。暫くすれば来るだろう」

クルミの姿が見えないだけで酷く不安だ。
伯爵夫人の容態は落ち着いていて、明日にも個室の特別看護病棟に移れるとの事だった。早く知らせてやりたい…それなのに…。

「ミスターヴォルフ!よかった!伯爵夫人はご無事でしたのね」
「何故…あなたが」
「心配で仕方ありませんでしたの」

ミスフォーティアが駆け寄ってきた。嫌な予感がする…。

「クルミは?お会いしませんでしたか?」
「いいえ?」

ザワリと…背筋を駆け上がる冷たさ…。

「伯爵、暫く席を外します。クルミが見当たらない」
「ミスターヴォルフ?伯爵夫人のご容態を…」
「サイクス、クルミが向かったのはどの化粧室だった」
「待合いの側のはずだ。車を置きに行く時に姿はそちらに向かっていた」

ミスフォーティアには構わずに足早に待合いに向かう。病院の女性スタッフを捕まえて、全ての化粧室を調べて回ったがクルミの姿はなかった…。

「ミスターヴォルフでいらっしゃいますか?」

一人のスタッフが声を掛けてきた。

「黒髪の東洋人の女性からメッセージを預かりました」
「っ」
「栗毛の女性から一方的に捲くし立てられておられまして…」

引ったくるようにメモを受け取り、中を確かめた私はその場に崩れた。




――ウィリアム
あなたを誰よりも愛してる…嘘はないわ
あなたは私に魔法を掛けて、夢のような時間をくれた
シンデレラのように幸せだった
でも魔法は溶けてしまったから…
いつもあなたを想ってるから…だからこんな私を許して

私にはあなたの幸せを祈って想う事しか出来ないけど、あなたと過ごした時間は忘れられないから

あなたを愛してる


クルミ――




のろのろと立ち上がり、病室に向かう。

「ウィリアム、ミス遠野は?」

伯爵とサイクスに手の中のメッセージを押し付けた。

「なんて事だ!」
「まさか…化粧室に行くと…」
「…あの鞄にはパスポートの類もあった…クルミは…日本に…」
「すまない…ウィリアム…俺が……」
「サイクス…クルミは品のない栗毛の女から酷く捲くし立てられても黙っていたらしい」

一人しかいない…そんな女は――。

「ミスフォーティア…クルミに何を吹き込んだんだ」
「私は何もっ」
「患者の中にもキイキイ喚くうるさい女と、黒髪の東洋人を見た者が多くいた。何なら証人として呼ぶが?」
「っ私は何も……」
「病院で喚いた挙げ句に妻の恩人を追い払ったと?何と常識のない人間もいたものだな…選ばずにおいて正解だ」
「お引き取り願おう。私にはあなたのような淑女の振る舞いの出来ない知人はいないからな」

病院スタッフに彼女を病室から遠ざけるように告げた。

クルミはサイクスが探す事になり、私は母に付いていた。
特別看護病棟に移されて間もなく…母は目覚めた。

「…ステラ」
「…あ、な…た」
「伯爵夫人…よかった」
「ウィリアム……彼女、は……」
「…医師を…呼んできます」

彼女…それがクルミを言っているのがわかった…だが…今は話したくなかった。

「フォーティアの娘に待合いで酷く言い立てられたそうだ…お前が倒れたのは彼女のせいだと…心労だとな」
「…彼女のせいだなんて…そんな…」
「目覚める前の事を覚えているか?」
「ええ…彼女は嫌な顔せずに対応してくれたわ…あんな状態でも、私の伯爵夫人の体面にまで気遣ってくれて…」
「そうだな…」
「私…ウィリアムには相応しい人をと……私があなたに…苦労させたから…」
「何を言っている…お前は私が愛して選んだんだ。それ以上に相応しい条件などあるわけがないだろう?」
「…ええ……あなた」

私が医師を伴って戻ると母は泣いていた。

事なきを得た母は大事に大事を重ね、一ヶ月後に退院し、自宅療養する事となった。
サイクスが空港で調べたところ、タイミング良くキャンセルの席を見つけ、そのまま帰国したようだ。

私は……母の見舞い以外で私邸を出る事がなくなった――。

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