異国のシンデレラ
私に会ってきちんと話す…クルミがそう約束したと伯爵夫人から聞かされた――。


「ステラ?化粧直しをしたか?ルージュの色が変わっているな」
「ええ、彼女に全て見立ててもらったわ。とても品のある色遣いばかりで合うのか不安だったけれど、私もとても満足しているの」
「ステラによくに合っている。日本のものか?」
「そうよ、とても繊細なカラーバリエーションだけれどシンプルで…ケースのデザインも一目で気に入ったわ」
「ミス遠野も気に入ったようだな」
「ウィリアムには勿体ないと思えるほどね」

伯爵夫人はクルミの気遣いや人となりを知り、いたく気に入ったらしく、ショッピングが久しぶりに充実していたと話した。大きな荷物はホテルに連絡をし、向こうのスタッフが取りに来るよう手配もしてくれたお陰で、大いに売上に貢献したと満足げで。
何を買ったか伯爵から問われ、連ねた品目に伯爵が驚いたほどだ。それだけ楽しかったのだと、にこやかに笑った。

定時に終われないのは常の事らしく、それについてはやはりサイクスと議論する事となった。

クルミがホテルのフロントに来たのは、二十時を過ぎた頃の事だった。事前にフロントに連絡があり、クレーム対応に追われていたらしい。

「遅くなって申し訳ありません」

久々に見るクルミの姿に感慨深すぎて言葉にならない…私の黒揚羽が戻ってきた。

「会いたかったよ、クルミ…胸が潰れる思いだった……」
「…ごめんなさい…黙って…」
「いいんだ…君の事も考えずに我を通した私にも問題があった。だからきちんと君と話をしたかったんだ」
「ウィリアム…私っ」
「愛してるよ」
「っ」
「今も変わらず君だけを愛している」

クルミの言葉を遮って、私はそう告げた。ずっと言いたくて、でもそのクルミが傍にはいなかった。

「魔法なら何度だって私が掛けてあげるよ。君を私の腕の中に閉じこめておけるように、君が…私から離れられないように」
「…ウィリアム……私っ…私もあなたを…愛してる…」
「ああ…疑った事はないよ…君を愛しているんだから」

クルミの言葉は私に魔法を掛ける…魔法使いの魔法で王子と幸せになったシンデレラが…童話だけの事には思えない。

「明日の予定は?」
「明日はお休みになっているけど…」
「君のご両親に会わせてくれないか?伯爵も会いたがっている」
「ぇ!?」
「きちんと挨拶させてくれないか?外国人だと驚かれるかもしれないが…私も君が伯爵夫人を溶かしたように、君のご両親を溶かしてみせるから」
「ウィリアム…」
「花嫁の両親に挨拶するのは万国共通の礼儀だろう?」

少し困ったように笑ったクルミが、恥ずかしげに小さく頷いた。


食事を終えた私たちは前もって別に取った部屋で温もりを分かち合った。
分かち合うと言うより貪るようにクルミを穿ち、堪能し続けた。求められる幸福がここにある。それが何より私を溢れんばかりに満たしてくれた。

クルミの自宅へは昼下がりに訪問した。始めは驚いたクルミの家族は意外にもあっさりとそれを払拭した上……。

「うちの娘なんぞを伯爵家に嫁がせると?」
「ちょっと信じられないわ」

流暢に英語を話したのには逆にこちらが驚かされた。

「上の娘が一度国際結婚で失敗しておりましてな…あまりいい印象を持てんのですよ」

確かに…離婚して戻ったらしいクルミ姉の子…甥っ子は栗毛に漆黒の瞳のハーフらしい顔つきだ。

「こちらとは考え方も習慣も違いますから…確かに久流美は仕事柄、海外の事や習慣には慣れているところもありますが、お付き合いならともかく結婚前提となりますと事情がかわりますから…」

難色を示されるのは覚悟の上だ。

「ご両親が心配なさるのも無理はない事と承知の上です。出来れば結婚のご承諾をと思って参りましたが、まだ早いと仰るのでしたら待ちます。私は一時の彼女との時間が欲しいわけではありません」
「…息子もこう申しております、それを信じてお付き合いだけでもご了承頂きたい」
「私たちは日本の方々のような奥ゆかしい部分に欠けておりますから、ストレートすぎるように聞こえるかもしれませんが、二人の気持ちには嘘偽りはございませんから」

伯爵夫妻もご両親に口添えしてくれる。すると急に日本語が飛び出した。

「久流美、お前はどうなんだ?楓を見ているお前はどう考えてる?」
「伯爵家って…今でもどんなものかはよくわからないけど…でも彼の事は愛してるし、彼のご両親も私は好きよ?お姉ちゃんの事があってもなくても、それは変わらなかったと思う」

クルミが何を答えたのかはわからなかったが、私を見上げた目が穏やかだった。

「…付き合うよりもいっそ結婚してもらった方が安心は安心だな」
「そうね~?楓の元旦那様よりずっと誠実だし。ご両親と一緒に挨拶にいらしてくれるんですからね」

溜息と共にまた、私たちにもわかるように言ってもらえた。

「では……私と彼女の事は…」
「久流美はうち一番のしっかり者の常識人ですから、その久流美が選んだ方に間違いがあるはずありません」
「お母さん…」
「ただ楓みたいに突然、子連れで出戻りは止めて頂戴ね?」
「生涯ありません。彼女は私のシンデレラですから」
「娘をよろしくお願い致します。些か伯爵家に相応しいとは言い兼ねますが、近付ける努力は惜しまないはずです」
「いえ…息子が選んだ事だけでもう十二分に相応しいお嬢様ですわ」

両親同士もうまくやれそうだ。意志の疎通も出来るのだから文句はない。それからクルミの手料理を初めて振る舞われた。話も弾み、和やかにお暇する事も出来た。次回は私たちの式でと約束をして…。


「クルミ、急ぎたい気持ちは山々だが、イギリスに移住してくれないか?君は今の仕事が好きで、誇りを持っているのも知っているつもりだ……」

ホテルに戻ってから私はクルミにそう打ち明けた。
クルミは少し驚いたように私を見上げた。

「まだ先は長いのだから焦る必要がない事も、君が妻になってくれるつもりがある事も承知の上だ」
「ウィリアム…つもりじゃないわ…して…くれるんでしょう?」

頬染めたクルミを抱き締めて、堪らず口付ける。首に腕を絡ませて応えられ、愛されている事をまた実感した。

「あなたがいないと仕事も儘ならないの…昇格しても周りに褒められても…辛いだけ」
「クルミ…」
「また…私に魔法を掛けてシンデレラにしてくれる?」
「当たり前だよ…君の為ならシンデレラを王子の元に運んだかぼちゃの馬車にも御者のネズミにも…ガラスの靴にもなれるさ」
「ウィリアム、あなたは私の王子様でしょ?一体どこの王子様の元に誤配送するつもり?」
「それなら私が私邸の住所をクルミに付けて、君が届くのを私邸で待っているよ」
「そんな回りくどい事せずに、私を連れて行ってはくれないの?」
「そうだな…仰せの儘に…私のシンデレラ」

その日のうちにクルミと共にデパートメントに辞表を持って足を運ぶ。責任者も同僚も突然の事に驚いて、クルミを引き留めようとした。
しかしクルミは取り合わず、退職は最低一ヶ月前との規約通り二十日は有給消化し、残り十日は出勤する事となった。その間は私は日本に止まり、先に帰る伯爵夫人が式の用意を調えてくれる。

十日の勤務を終え、私はクルミと共に帰国した。クルミが気軽に両親に会いに行けるよう、クルミの実家には一人住まいの部屋から荷物が移され、初めて渡英した時のような少ない荷物でまた私邸に戻ってきた。
これからはこの私邸が私とクルミの住まいになる。

すぐにヴォルフ伯爵家に初めて東洋人が嫁いだ…と各紙に取り上げられる一大ニュースになり、私たちの私邸は今…【シンデレラ城】と呼ばれている――。

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