王子様はおとといいらしてくださいませ


 私はどうしたいの? このまま彼と別々の人生を歩んで、本当に後悔しない?
 ぽややんとして緊張感はないけど、いつも優しい彼が今でもこんなに好きなのに。

 俯いて黙り込んだ私を気遣うように、彼が王妃様を促した。


「ほら母さん、もう帰ろう。往生際が悪いよ。ロシェが困ってるだろう?」


 そして私にも声をかける。


「ロシェ、ごめんね。君の事話したら、母さんが気に入っちゃったみたいでね。家まで送るよ」


 その声に顔を上げると、いつもと変わらぬ優しい笑顔で私を見つめる彼と目が合った。やっぱり好き。ちゃんと伝えなきゃ。


「私、王宮の決まりや行儀作法なんか全然知らない。それどころか一般の行儀作法も怪しいと思う。だから王子様のあなたをささえるどころか、恥をかかせることしかできないかもしれない。でも、あなたが王子様だと知る前は、あなたとずっと一緒にいられたら幸せだろうなと思ってた。そして今でも、ずっと一緒にいたいって気持ちを捨てられないの」


 逃げ切った時寂しく感じたのは、この先も彼と一緒にいられる口実を失ったから。


「本当は捕まえて欲しかったのかも。あなたに捕まって嫌々王宮に上がった町娘なら、無知でも不作法でも仕方ないって許してもらえそうだと甘えてたの。たぶん」

「ロシェ……」


 呆気にとられたようにつぶやく彼の横で、王妃様が勝ち誇ったように言う。


「ほらご覧なさい。あなたがあっさり諦めたりするから。だから詰めが甘いって言ったのよ」


 もう逃げられない。だって心は捕まっているから。だから今度は私が捕まえる。


「全力で逃げておいて今さらだけど、私あなたと……」
「待って」


 私の言葉を遮って、彼が一歩前に踏み出した。


「もう一度、僕から言わせて。ロシェ、僕の妃として一緒に王宮に来て欲しい」


 差し出された手を、私は今度こそ笑顔で握り返す。


「はい」
「よかった。やっと捕まえた」


 彼は嬉しそうに笑いながら、私を思いきり抱きしめた。

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