甘いのくださいっ!*香澄編追加しました*
「へぇ……。
和菓子ってあんまり
好きじゃないんだけど、
見てると飽きないわねぇ。」


結局、
上手く香澄を交わして一人で
櫻やに来るなんて高等な技術が
私にあるわけもなく……


香澄は上機嫌で和菓子を
物色していた。


「何、麩まんじゅう?
あのお麩なの?
なんか、想像すると気持ち悪いわよね。」
「香澄っ。」


「いえいえ、構いませんよ。
本当にあのお麩と同じ材料で
作っております。
見た目はこれといって特になんてこと
ありませんけど、一度食べて頂くと
このモチッとした食感が
お好きだと仰る方が
多くいらっしゃるんですよ。
それに、うちの坊っちゃんが作る
麩まんじゅうはその、
モッチリ感が絶妙でして……。」


と、
トキさんがいつものごとく
ニコニコと笑いながら説明してくれた。


「ねぇ、坊っちゃんって何よ?」


香澄が小声で聞いてくる。


「ああ、櫻井さんのことだよ。
あの傲慢和菓子職人、
ああ見えてここの12代目なんだよ。」


「12代目?
へぇ……そんな昔からあるお店なんだ。」


「うん、だけど
和菓子職人になったのは
ここ数年の話みたいだけど……。」


「どういうことよ。
その前は何かしてたってこと?」


「うぅーん、それがぁ……。」


「なによ、歯切れ悪いわねぇ。
ホストでもしてたっていうの?」


「ホストな訳ないじゃない。
うちの会社にいたんだって。」


「はぁ?うちの会社にいたの?
和菓子職人がぁ?」
「ちょっと、香澄っ。」


思わず大きな声になった香澄を
止めると、


「そうなんですよ。
坊っちゃんはこの櫻やを
継がれる前は皆さんと同じ職場に
いらしたんですよ。」


と、
香澄の驚いた声に
トキさんが返した。


「なんで辞めたの?
だって普通に会社務めしてたって事は
この店、継ぐ気なんて
さらさらなかった訳でしょ?」


「香澄、突っ込み過ぎだよ。
トキさんが困るよ。」


私がそういうと、
トキさんが、


「いいえ、大丈夫でございます。
実は……
旦那様が、事故に遭われたんです。
事故の後遺症で少し利き腕が
不自由になりました。
つまり、思うように和菓子を
作ることが出来なくなったんです。
それで、この櫻やを坊っちゃんが
継いでくださることになった
という訳でございます。」


あっ……
そうだ、
あんなに普段は荒っぽいのに
やたらと車の運転が丁寧なのは
この事があったからなんだ。


きっと、
お父さんが事故で
手が利かなくなったから……。


そっかぁ……。










「胡桃、胡桃?」


「へっ?」


「何、ぼぉーっとしてんのよ。
この麩まんじゅうでいいよね?」


「あ、あぁ……うん。」










会社に戻って買って帰った
麩まんじゅうを香澄と食べた。


その麩まんじゅうの味は
とっても素朴な優しい味がした。





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