明日、嫁に行きます!
「斉藤寧音さん」

 ふいに名を呼ばれ、私は声がした方へと振り向いた。
 視線の先には、グレーのベンツを背に、スーツ姿の男が立っていた。

「……貴方」

 それは、もう二度と会うことはないだろうと思っていた男だった。
 知的に見えるシルバーフレームの眼鏡を掛け、端整な顔立ちだが無表情。
 あのパーティーで会った、慇懃無礼な眼鏡紳士だった。

「迎えに来ました」

 うっすらと口元に笑みを浮かべながら悠然と歩み寄ってくる姿は、なんだか獲物を狙う猛禽類のような雰囲気を漂わせていて、なんだか怖い。

「そちらは?」

 ちらりと、隣にいた浩紀に視線を流しながら、男は聞いてきた。
 眼鏡の奥の瞳が、なんだか前以上に冷たく、どことなく怒りを孕んでいるように見えて、私は首をひねる。

「あ、オレは寧音の高校時代からの友達で……」

 ちょっと、浩紀。なに気圧されてるの。わたわたしてるし。
 確かに、肉食獣を連想させるあの鋭い目は怖いと思うけど。

「貴方がここにいる意味がわかんないって言ってんの」

「もちろん、寧音さんを迎えに来たんです」

 迎えに来たとかわけわかんない。
 微笑みながらそう言うが、なにが「もちろん」なのか理解できない。

「全く意味がわかんない」

「お父さんから聞いてませんか?」

 お父さん?
 お父さんから聞いた話っていったら――――。
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