明日、嫁に行きます!
 私は、今まさにお人形だった。それも、着せ替え人形だ。
 ぐったりとした疲労感に苛まれながら、コレ何着目だったかな? と、指折り数えてみる。
 マネキン人形さながらに、着飾った私が鷹城さんの前に立つのは何回目?

「いいですね。今まで着たもの、全て包んで下さい」

 黒革のソファーにゆったりと足を組んで座る鷹城さんは、そんなセレブリティなことを仰った。
 眼鏡の奥の双眸が、私を見て満足げに細められる。私は慌てて視線を外した。じっと見つめられるのが恥ずかしくて、視線を合わせないようにするのが大変だった。
 全てを見透かすような目で、私を捉えて離さない。
 内に秘めた色んなものを赤裸々に曝《あば》かれてしまいそうで、少し怖い。
 悠然と頬杖をつきながら座る鷹城さんの、唇に刻まれた笑みが、黒曜石のように艶めく眸が、卑猥な色を刷いて見えるのは気のせいだろうか。
 胸の中に苦しい震えが起こって、どうしていいかわからなくなる。
 心許無い面持ちで立ち尽くす私に、鷹城さんは吐息のような笑みを浮かべた。

「その服はこのまま着て帰ります」

 その声にお店の人がやってきて、私の襟元にあるタグをササッと全て切ってしまう。
 ソファから立ち上がった鷹城さんに腕を引かれ、ハッとする。
 鷹城さん、目が飛び出そうになるくらい高額な服の代金、ホントに私の借金に上乗せしたりしないでしょうね?
 そんなことしたら、一生恨んでやるんだから。
 威風堂々と佇む男を、戦々恐々と怯えの混じる目で睨んでいると、私の考えが分かったのか、鷹城さんはプッと吹き出した。

「大丈夫ですよ、心配しないで下さい。そんな非道なことして、嫌われたくはないですから」

 鷹城さんは私の耳元に顔を寄せると、笑みを含んだ甘いテノールで囁いた。
 彼の吐息が耳にかかり、くすぐったさに首をキュッと竦ませる。
 耳はヤメロとイヤがる私を見て、鷹城さんはククッと愉しげに喉を鳴らした。
 耳が弱くて何が悪い。尊大な態度で私を見下ろす彼を、ムッと顔を顰めながら睨み上げる。

「さあ、では行きましょうか」

 私の睨みなどものともせず、鷹城さんは私の腰にスッと腕を回してくる。
 もしかして、私が逃げだすとか疑ってる?
 私の予想を肯定するように、腰に回る鷹城さんの腕が拘束を強めてきて、彼の身体に密着させられてしまう。そのままグイグイ背中を押されて、あっという間に車まで連れてこられた。
 そして、助手席の扉を紳士的な仕草で開けたと思ったら、私の腰を持ち上げ、荷物のようにしてポイッと中に放り込まれてしまう。すぐに扉を閉められて、私、唖然とした顔を鷹城さんへ向けた。

「なんで放り投げる!?」

「逃げられると困るので」

 運転席に乗り込みながら、鷹城さんは営業用のにっこり笑顔でそう告げる。
 ああそうかと、私はムカつきながらも納得した。
 3億支払って手に入れた偽装結婚の相手だ。そう簡単に逃げられるわけにはいかないだろう。
 それにしても、扱いが乱暴すぎてイヤだ。彼の目には、私が女だという認識がないのかも知れない。イタズラばかりする生意気なガキ、くらいにしか思われていない気がする。
 ……なんだか胸の奥がモヤモヤしてきた。

「わかってるわよっ。――――で? この後が本社?」

「はい。ちょっと急な仕事が入ってしまって」

 座り心地のいい椅子に深く腰掛け何気ないふうを装って、私は次の予定を口にする。
 鷹城さんは申し訳なさそうな顔をして、「仕事が入ってしまいましたが、すぐに終わらせます」そう告げた。
 別に私を優先してくれなくても良いのにな、なんて思いながら、視線を落とす。
 鷹城さんが選んでくれたスカートを指先で弄ってみる。肌触りが良くて、ひんやりと冷感もあってすごく気持ちよかった。
 柔らかい生地は透け感があるけれど、決して下品なものではない。落ち着いたブルーの色目は、今の季節にピッタリ合う。それは、凄く私好みで、一目で気に入ってしまうほどの一品だった。
 けれど、タグに書かれた金額を見た時、正直ぶっとんだ。

 ――――ボンボンめ。

 心の中で悪態を吐きながらも、嬉しい気持ちをちゃんと伝えようと口を開いた。

「……これ、スゴく可愛い。ありがと」

「いえ。気に入ってくれて良かったです。贈った甲斐があります」

 ――――脱がせるのがとても楽しみです。

 嬉しそうに唇を綻ばせながら言うんだけど。
 ……最後。
 もの凄い小さな声で、貴方、ナニ言った?
 とっても腹黒い言葉を聞いた気がしたんだけども。

「おや、顔が真っ赤ですよ。……何を想像したんですか?」

「なっ……!!」

 クスクス笑うその美貌を殴ってやりたい!
 ギリギリ歯噛みするけれど、彼の笑みは深くなるばかり。

「ホント、調子狂う……」

 鷹城さんから目を逸らしむっつりと黙り込んだまま、私は流れる風景を所在なげに見つめ続けた。


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