明日、嫁に行きます!
 高見沢さんの一件から、何事もなく1ヶ月が過ぎようとしていた。

 土曜日の朝、いつも通り掃除を始めて、鷹城さんの寝室へ入った時、私は彼に声をかけられた。
 天使像が納められたガラスケースの周りを拭いていた手が、ピタリと止まる。

「貴女はこの天使像に見覚えはないですか?」

 唐突に、そう聞かれたんだ。

「あっ、そうだ! 前に聞こうと思ってたんだよ。この天使像、フランスにいるお祖母ちゃんが持ってるのにすごく似てるんだ。お祖母ちゃんちのお隣さんが趣味で作ってるものだから、流通はしてないはずなんだよね」

 ――――鷹城さん、これ、どこで手に入れたの?

 鷹城さんの問いに、私は問いで返した。
 不意をつかれたような顔をした鷹城さんは、私の質問に、「昔、ある少女からもらった」そう答えた。
 なにか引っかかりを感じたものの、私は誰にもらったのかを重ねて聞いてみる。

「これと似た面差しの天使像が、寧音の部屋に沢山ありました。この天使像を僕にくれたのは、貴女ではないのですか?」

 鷹城さんは何か確信に満ちた顔をしているんだけど、記憶にない私は、「私がこの天使像を、鷹城さんにあげた?」と、首を横に倒した。

「これに似たものは、フランスに行くたびにエメお爺ちゃんがくれるから、家にも私の部屋にもいっぱいあるよ。でも、私が鷹城さんにあげたって、どういうこと?」

「以前、寧音に話しましたね。僕は昔、天使を見たと」

「あ、うん。聞いた」

「僕は12年前両親を事故で亡くしましてね。その時に出会ったんです。天使の姿をした少女に」

 眼鏡の奥の双眸が優しげに緩む。
 愛おしい者を見るようなそんな眼差しで、鷹城さんはガラスケースの中の天使像を見つめていた。
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