明日、嫁に行きます!

 唇を重ねたまま、躰《からだ》に刻まれる律動が激しさを増す。肢体が上にずり上がり、頭が壁に当たりそうになるたび、掴まれた腰ごと引き戻される。
 唇からは、ひっきりなしに意味を成さない言葉ばかりが溢れ出して止まらない。
 こんなにも翻弄されて、意識が飛んでしまうほどに惑わされたことなんて一度もなかった。
 これまで経験したものとは全く違う身体の変化に、思考がぐしゃぐしゃに乱されてしまう。

「……今までと、全然違う……なんで……?」

 素直な疑問が口を吐く。
 今まで男と肌を重ねることを、私はずっと疎ましく思っていた。
 それなのに、私は今、彼に翻弄されるがまま、今まで感じたことのない不可思議な感覚に囚われていた。戸惑いが言葉となって漏れてしまう。

「『今まで』? ……ふふっ、いい度胸してますね。僕に抱かれながら他の男を想うなど」

 両手をつき、私の顔をのぞき込んでくる鷹城さんの双眸に、蒼白い嫉妬の炎がカチリと灯る。彼が発する邪悪な気配に、私は身体を竦ませた。

「寧音の頭を占める男の存在など、僕が忘れさせてあげます」

 ――――けれど、その前に。

 凶悪なほどに淫靡な笑みを向けられて、喉がヒクッと引き攣った。

「ルール違反を犯した悪い子には、お仕置きです。……覚悟しろ」

「あ、あっ!? うそ、きゃ、あぅっ……!」

 私があげた動揺の声に、唇を酷薄につり上げながら、鷹城さんは獰猛さを露わに牙をむく。
 彼と繋がったまま無理やり身体を引き起こされて、枕元の壁に身体を押しつけられる。壁と鷹城さんの間に挟まれた私の身体は、宙に浮いた不自然な体勢のままで食い尽くさんばかりの勢いで貪られる。
 双球を鷲掴み身体を持ち上げられて、思うさま揺さぶられて。掻き毟るようにして鷹城さんの頭を抱え込んだまま、何もかもが白く塗りつぶされてゆく。

「ダメ、ダッ、もっ……、きゃっ、たかじょ、さっ」

 はくはくと浅い息を繰り返す。喉に絡まる声が次第に高くなってゆく。

「違う。名前で呼びなさい。総一郎と」

「ヒッ、そ、そ、いちろ、さっ」

「満点ではありませんね。でも、次に名前以外で呼んだら」

 ――――寧音の知らない、ほんの少しだけ怖いお仕置きをします。

 綺麗な筋肉がついた体躯に汗を散らせながら、鷹城さんは艶然と微笑んでそんなことを宣言する。
 恐慌を来す心と共に、ゾクゾクした戦慄が背中を駆けのぼり、全身にまで広がった。

「やっ、こわっ……いの、イヤッ、」

「ふふっ、これからずっと。名前で呼びなさい。わかりましたね?」

 その囁きに、霞みがかる私の意識が一瞬戻ってくる。
 ずっと? ずっと、一緒にいていいの?
 ……違う。

 ――――ずっとなんて、私にはないんだ。

 ハッとする。深みに沈んだ真実が、快楽の淵から掘り起こされる。忘れたい事実を目の前に突きつけられたようだった。
 今はこうして情熱的に私を抱いてくれているけれど、貴方はきっと、私を嫌う。
 ……嫌うんだよ、鷹城さん。
 切ない熱に浮かされた目を、私は彼に向けた。
 艶冶《えんや》に歪む鷹城さんの唇が、私の肌に触れるほどに近付き、耳元で言葉を刻む。それは、鬱然と沈みそうになる私の心を撃ち抜いた。

「可愛い寧音。……誰よりも愛してる」

 耳を食みながら囁かれる甘美な媚薬に、陶然と酔わされて。次はないのだと知りながらも、水を湛える泉のように、歯止めなくこんこんと湧いてくる想いを止められなくなる。
 彼を渇望する心が、理性の制止を振り切り、口から溢れ出してしまう。

 ――――私も、貴方が大好きなの。愛してるの。

 重ねるように告げた言葉に、ぶわっと涙が盛り上がってくる。

 ――――鷹城さん、鷹城さん、……総一郎さん。

 総一郎さん、私を愛してくれて、ありがとう。
 でもね、私、ちゃんと分かってる。
 愛してると囁く貴方のその唇は、私のついた嘘を知ったその時。
 愛しいと囁いた唇で、私を罵倒することになるんだよ。
 あの時、本社ロビーで高見沢さんを射たような、侮蔑の眼差しを私に向けながら。
 だって、私は貴方が望む女じゃなかった。
 それを知ってて隠し、こうして今、抱かれている。
 貴方が愛し、こうして抱きたいと思う女性は、妹のサラ。
 総一郎さんの腕に抱かれるのは私ではなく、サラなんだ。
 それを知ってて隠す私は、狡くて卑怯な女なんだよ。
 でも、それでも、今、この瞬間だけは。
 ……伝えさせて欲しい。もう、これで最後だから。

「……総一郎、さんっ、私も、私もっ、だいす、きっ、あいしてる……愛してる、のっ」

 ――――引き返せないくらい、どうしようもなく。

 ごめんなさい。
 ふたつ目の秘密は、明日、ちゃんと伝えるから。
 今日だけは、私を愛して欲しい。
 そう願う、……私を許して。

 私が発した最後の呟きは、体内に吐き出された彼の想いと共に、そのままプツリと深淵に沈み込んでしまった。


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