偽装結婚の行方
ここが思案のしどころなんだよなあ。もし正直に『誰かの子どもを産むために会社を辞めたんだろう』って言えば、勢いで全部話す事になるだろう。しかし逆に『知らない』と言ったら、尚美に関する事は一切言えなくなるわけで、うーん、どうすっかなあ。


「おい、どうしたよ? 理由を聞いたか聞いてないか、それを聞いてるだけなんだぜ?」

「あ、ああ、分かってるよ。そうだなあ……、ん……聞いてない」


やっぱり言えないな。自分の事を言うのは構わないが、尚美にとっては物凄くプライベートな事だからな。そうおいそれと人に言うわけには行かないもんな。阿部には悪いが。


「なんだ、そうか。もったいぶりやがって……」

「すまん」

「本当に謎だよなあ。渡辺さんでさえ知らないらしいからな、誰も知るわけないんだよな……」


“渡辺さん”?

阿部から不意に知らない名前が出た。


「渡辺さんって誰だよ? 尚美の友達か?」

「違うよ……って、おまえ、なんで彼女のこと呼び捨てなんだよ?」


あ。しまった……


< 32 / 122 >

この作品をシェア

pagetop