偽装結婚の行方
「私が涼……中山さんを、好きだったからです」


言った……
そういう打ち合わせだったのだから驚くに値しないはずなのだが、実際に尚美の口からその言葉を聞くと、俺としては非常に照れ臭い。


「マジで?」


さすがに阿部もびっくりしたようだ。


「はい。私、中山さんの事ずっと好きでした。でも、中山さんはすごく人気があるから、どうせ私なんかじゃ釣り合わないと思って、声を掛ける事も出来なかったんです。その内にあの人から“付き合おう”って言われて、そういう事になってしまいました」


尚美は、打ち合わせた事以上に具体的な話をした。しかも真に迫り、とても嘘には聞こえない。尚美って、役者だなあ……


「父から“男の名前を言え”って言われて、私はとっさに“中山涼さんです”って言っちゃったんです。バカだから、後先も考えずに……。中山さんは思った通り優しくて、それだけに大変なご迷惑を掛けてしまいました」


尚美はそう言うと、終いには涙ぐみ、鼻をすすり出した。正に迫真の演技だ。


「そうだったのか……」


そんな尚美の芝居に阿部はすっかり誤魔化され、しんみりとした声を出していた。一方で俺は、可笑しくて笑いを堪えるのが大変だった。

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