偽装結婚の行方
「あ、はい。どうぞ……」


尚美は俺に何かの連絡事項でもあるんだろうと思ったのだが、そっと襖を開けた彼女は、胸に自分用の大きな枕を抱えていた。そして呆然とする俺に向かい、


「一緒に寝ていい?」


と遠慮がちに言った。


「え? でも、そういう事は、もう……」


“ダメだろ?”と言うべきだと思いつつ、きっぱりとそれを言えずにいたら、尚美はさっさと枕を俺のと並べて置き、布団に潜り込んで来た。


「お、おい……」


と抗議めいた声を出しつつも、尚美を押し返すのではなく、むしろ壁際に体をずらす俺だった。


「おまえ、体が冷えてるじゃないか……」


自然と触れた尚美の体は、冷んやりと冷えていた。もしかすると、尚美は襖の向こうにしばらくいたのかもしれないな、と俺は思った。俺の所に行くかどうか、迷いながら……


俺は尚美の体に腕を回し、自分の胸に引き寄せた。


「涼……?」


尚美も俺に抱き着き、潤んだ瞳で俺を見つめた。彼女の吐息が顔に当たり、どちらかが少しでも顎を突き出せば、唇と唇が触れ合いそうなほど近い。しかし俺はそれをせず、言った。


「こうするだけにしとこうな?」


と。すると尚美は「うん」と頷き、俺の胸に顔を埋めた。


「本当にありがとう。私、涼の事、一生忘れない……」

「俺もさ……」


俺は尚美の髪を撫でながら、こみ上げる涙を必死に堪えていた。

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