ラストバージン
「ごめん、お母さん」


思ったよりも低い声には、今日の疲労がこもっているのだろうか。
益々疲れてしまったような気がして、頭痛が出るんじゃないかと思った。


「私、佐原さんにはきちんとお断りしようと思ってる。お母さんには悪いけど、こんなに気を遣ってまで交際や結婚をするなんて、私には無理だから」

『ちょっと、葵! もう少し考えてからでもっ……!』

「もう決めたの。その気がないのにいつまでも返事をしないなんて、佐原さんに失礼でしょ」


きっぱりと告げた後、言い逃げだと自覚しながらも「おやすみ」と言って強引に電話を切った。


ベッドサイドに置いたスマホが、すぐにまた鳴るんじゃないかと懸念していたけれど……。十分経っても着信を知らせる事はなく、ようやく安堵のため息をつく事が出来た。


「目、冴えちゃった……」


思わず零れた独り言に苦笑し、厚手のカーディガンを羽織ってベランダに出る。
見上げた夜空には星は数える程しか見えなかったけど、少しだけ欠けた月は煌々と存在を主張している。


ふと、榛名さんが『冬の夜空が好き』と言っていた事を思い出し、寒さに身を竦めながらももう少しだけ冬を味わっていたいと思った――。

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