溺愛御曹司に囚われて





ひとことで言うなら、あの男は悪魔だ。

長い睫毛に縁取られた、髪と同じ色の漆黒の瞳に、少し長めの前髪が影を落とす。
キスのできる距離まで近付き、唇が重なるほんの一瞬前には、その黒い目の中に虹彩の境を見ることができた。

しかし私は、すぐに目を閉じなければならない。
いつまでも彼の双眸に見入っていれば、自分でも気が付かないうちに魂を抜き取られてしまう。

あるいは、もう手遅れなのかもしれない。
瞼を下ろしていてさえ、彼の甘く優しげな目元や、高くまっすぐな鼻梁や、慈しむように私に触れる指先まで、憎たらしいほど鮮明に思い浮かべることができるのだから。

私を捕まえ、籠絡しようとする悪魔の罠だと知っていながら、私はどこかで、ただ目を閉じて溺れていたいと思っていた。
ずっと騙し続けて、永遠にその腕に捕らえていてほしいと。
彼は、どこまでも私を甘やかしてダメにしようとする、恐ろしく美しい誘惑者なのだ。

だけどもう、あの頃には戻れない。
またひとつ大切なものを、私は失うことになるのだろうか。


「この据え膳を喰らわねえほど、俺はお人好しな男じゃねえぞ」


男の手が髪をなで、肩に触れた瞬間、私は現実に引き戻される。
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