桜まち 
思い入れ





  ―――― 思い入れ ――――






「あっ。川原さんっ」

櫂君が何か言いかけたところへ、丁度望月さんがマンション内から出てきた。

「あ……、望月さん……」

昨日の今日で、私は望月さんともうまく目をあわせられない。
なのに、望月さんはといえば、今までと少しも変わらない態度で接してきた。

「あ、ゆかいな仲間君も一緒なんだね」

櫂君の姿に気がつくと、そういってにこりと微笑む。

櫂君は望月さんへ無言のままぺこりとお辞儀をすると、私にお休みなさい。といって帰ってしまった。
その櫂君の背中を見送ってから、私は訊ねた。

「お出かけ、ですか……?」

こんな時間から外に出るなんて、またラーメンだろうか?
だとしたら、このタイミングだし、誘われちゃうかな?
けど、今日は一緒にラーメンを食べる気分じゃない。
どうにも、キスのことがあってから、うまく望月さんに心を開けなくなっていた。

「うん……。ちょっと夜風にあたって考え事したくて。寒いほうが冷静になれる気がしてね」

予想していたことと違う答が返ってきてほっとしたけれど、そう話す望月さんからは、いつも強気な彼らしくない戸惑いが感じられた。

大体、いつも落ち着きのある望月さんから、冷静になりたくて、なんて言葉が飛び出たのが不思議でならない。

望月さんの表情を見ていたら、少しだけいいかな? と、彼は私をマンションのエントランス内へと促した。


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