この幸せをかみしめて
1.冬。

(1).タレ目のプータと、都落ちのまりぼう。

年寄りの朝は早い。
世間様は皆、そう言っていた。

(農家の年寄りなら、なおさらだわ)

それが、母方の祖父母が暮らす片田舎に身を寄せるようになった、三島麻里子(みしま まりこ)の結論だった。

敏三(としぞう)と喜代子(きよこ)。
それが、麻里子の祖父母の名前だ。
姓は山本(やまもと)と言う。
敏三のほうが、喜代子より三つばかり年上らしい。
しかし、麻里子はそれを少しばかり疑っている。
なぜかと言うと、ここで暮らすようになって間もないころ、二人の年を尋ねた麻里子に対して、喜代子はこう答えたからだ。

―あたしゃ、ずぅーっと、二十歳だよぉ。うひゃひゃ。

そうやって、高笑いで答えをごまかした喜代子からの情報だから、真偽の程は定かではない。
麻里子はそう思っている。
同時に、いくつになっても女は女なんだなあと、そんなことも思った。

この土地で生まれ育った幼馴染みという二人は、今でも互いを『トシくん』『キヨちゃん』と呼び合って、毎日毎日、飽きることなくケンカをしては、すぐに肩を並べて笑い転げあっていた。
そんな仲睦まじい夫婦だった。
どちらも、還暦はとうに過ぎている ―はずだ。喜代子がなんと言おうが、それだけは絶対だ― が、先祖代々の受け継がれてきた敏三の田畑をしっかり守り、今でも現役で畑仕事をしている働き者だった。

(たぶん。父さん母さんより、じいちゃんばあちゃんのほうが、よっぽど健康的でたくしいわね)

朝から晩まで、雨の日も晴れの日も、休むことなく、汗水ながして笑いながら元気に働いている祖父母の姿に、麻里子は感心するしかなかった。

孫娘の麻里子にも、じいちゃんばあちゃんと呼ばれるのを嫌がって、自分たちのことを『トシちゃん』『キヨちゃん』と呼べと言うほど、二人は気持ちも若かった。
しかし、麻里子にしてみれば、二人は紛れもなくじいちゃんとばあちゃんだ。
しかも、ここ十数年は顔を合わせることもなかった、祖父母という名の老人だ。
それをいきなり『トシちゃん』『キヨちゃん』などと呼べと言われても、なんだか変にこそばゆい。
けっきょく、双方の言い分を半々にして取り入れて、『トシじい』『キヨばあ』と呼ぶことで互いに折り合いをつけた。

―まあまあ、洒落た感じだな。
―それも、可愛らしいわねぇ。

麻里子に初めてそう呼ばれたとき、二人はそう言ってご満悦な顔をしていた。
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