インセカンズ
ピンと伸びた姿勢の良い背中。颯爽と歩く度に翻るトレンチコートの裾にさえ、目を奪われる。

きりりとした男らしい眉。
奥二重の大きくて涼しげな瞳に、何気に長い睫毛。
何より魅力的なのは口元。
分け隔てなく誰彼無しにくったくなく笑う。
その爽やかな笑顔がいかほどの破壊力を持っているのか、恐らく彼は知っている。

安信 薫(ヤスノブ カオル)。

浅野商事第一営業部のエースだ。


リフレッシュルームが一瞬ざわついて、コーヒー片手に携帯を操作していた梓澤 緋衣(アズサワ ヒヨリ)は、視線だけで渦中の人物を確認する。この場にいる社員の中で彼女だけが平然として、こちらへと向かってくる安信を迎える。二人は同じ部署で働く同僚で同期でもあるが、安信は中途採用のため緋衣より3歳年上だった。

「アズ。ここにいたんだ」

安信は、ドリップコーヒーを片手に彼女が座るソファの隣りに腰掛けると、ほんのり湯気の立つコーヒーを啜る。

「お疲れ様です。部長が探してたみたいですけど、大丈夫でした?」

「ああ。出先で電話もらったけど、その件は片付いた」

一見、どこかの小洒落たカフェの様にも見えるリフレッシュルームは、休憩室として、またミーティング用に使われる事もある。終業時間を過ぎたこの部屋は、待ち合わせ場所として使う者や打ち合わせが長引いている者、奥にあるスモーキングルームを目指してきた者等が見受けられるが、金曜の夜という事もありいつもより社員の数は疎らだ。
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