キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
謎の隣人
今日も目が覚めた。
またいつもの一日が始まるのか・・・。
こんな気持ちで過ごし始めて、もう何年になるんだろう。

私は重たく感じる体を起こすと、自嘲気味にフッと笑った。

離婚したのは、元夫が浮気をしたから。
元夫が浮気をしたのは、私に女らしさが足りないから。
だからあの人は、他の女性と・・・。

結婚して5年。
やっと妊娠したと喜んだのもつかの間、赤ちゃんの心音は聴こえなかった。
それを3度も繰り返した結果、私の体では、妊娠できても赤ちゃんが育たないことが分かった。
そうと分かるまで、はじめて妊娠してから、3年の歳月を要した。

妊娠したくて、その時期を狙ってセックスをする。
生理がくるたびに激しく落ち込む。
それこそ死にたいほどに。
「私が死んだら、流産した赤ちゃんたちのお世話ができるでしょう?」と元夫に言ったら、あの人は顔を引きつらせて「冗談でもそんなことを言うな」と言ってたっけ。
私は真面目だったんだけどな・・・。

遠い目をした私は、ちょっとした思い出のようにそのときのことを懐かしみながら、手足は機械的に、仕事へ行く準備を進めていく。

お金を節約するために、お弁当に持って行くこと。
魔法瓶に麦茶を入れて持って行くのも同じ理由だ。

じゃこ入りのたまご焼きとプチトマト、そして前の晩ごはんのおかずを一品という、いつも決まったメニューを、私は機械的にお弁当箱へいつもどおりにつめ始めた。
暑い夏場は、ごはんに梅干しをひとつ乗せるけど、10月の今は、それをする必要はない。

量販店で買ったえんじ色のシャツと黒のパンツを着た私は、鏡に映る自分の眉だけを見ながら、ペンシルで少しだけ描き足した。
これでメイクは完了。
・・・これを「メイク」と呼ぶのなら、だけど。
なんて思いながら、私は自分を嘲けるようにフッと笑った。

元々、仕事でバッチリとメイクをしたことがない。
今勤めているクレジット会社のカスタマーサービスでの仕事は、電話をかけることだけで、会うのは会社の人たちだけだし。
離婚するまでは幼稚園の先生をしていたから、そういう雰囲気じゃなかったし。

3度流産をした上に、自分は子どもが産めないという事実を突きつけられたとき、小さな子どもたちと関わることが、癒しになるどころか、逆に苦痛になっていた。
それ以上に苦痛だったのが、子どもを迎えに来ている妊婦のママさんを見ること。
いや、「なんで私が」という思いが込み上げてくるので、妊婦さんがいると分かったら、避けるか目を背けるようになっていた。
つまり、私は妊婦さんに嫉妬して、直視することもできなくなっていた。

そうして現実から目を背け、妊婦と子どもが嫌いになった。
元夫に浮気をされてからは、男の人も嫌いになった。
何より、そんな自分自身が大嫌いになった。

大嫌いな自分の姿を見たくないから、鏡に映る自分も極力見ないようにしている。
髪だって・・・。
子どもを生めない私には、女らしさが足りない。
そして、私に女らしさが足りないから浮気をしたと、あの人は言った。
以来、肩甲骨くらいまでの長さだった髪は、バッサリ切った。

自分で。

それからは、美容院へ行くこともなくなった。
女らしさが足りない自分の姿を、他人に見られたくないから。
シャンプーされるような触れ合いすら嫌、というか怖い。
だから今は、伸びてきたなと思ったときに、自分で適当に髪を切っている。
昔からオシャレをすることはなかったけど、38歳の今では完全に無縁だと自分でも分かっている。
それでいい。

私には、そんなことをする資格なんてないんだから。

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