センブンノサン[完]
センブンノサン

千堂光基という男


私はね、自分で言うのもなんですが、中々気の長い方だと思うんですよね。

でもね、そろそろ限界です。
千堂光基(センドウ ミツキ)、貴様だけは許さない。

「千堂君がまさか私のこと好きだったなんて知らなかったなあー」

朝練を終えた彼が、いつも通り水道で洗った髪をタオルでゴシゴシ拭いている時に、私は嫌味っぽく言ってのけた。

隣の席の彼は、水飛沫を犬のように飛ばしながら(既にそれにも腹立つ)、腑煮えくりかえっている様子の私を目をパチクリとさせて見つめる。

「また適当言って、女の子ふったでしょ」

そうなのだ、彼、千堂光基は自他共に認める超嘘つきくそ適当野郎なのだ。

いっつも変な嘘をつかれてからかわれていた私だが、今回という今回は許さない。
彼は女の子を振る理由を「隣の席のやつが好きだから」としたのだ。なんと私という存在をふる理由に使ったのだ。

「え、なんでそのこと知ってんの」

「朝からその女の子から強烈な宣戦布告をされたんだよ!」

「あーまじか、それは悪かったな」

おい、刺すぞ?

私の言葉を一蹴して髪の毛をわしわしと拭いだした彼に、物騒過ぎる感情を抱いた。

色素が全体的に薄くて瞳も茶色の彼は抜群にスタイルが良くて美しい。ゆるいパーマをかけた髪の毛なんかアッシュブラウンで、これが天然物だと言うから恐ろしい(確かに根元まできっちり同じ色だ)。そんな風にアーバンでどこか色気のある雰囲気を漂わせている彼は悔しいけどモテる。

だがしかしそんなのは関係ない。私はこういう適当な人間が大嫌いなんだ。

両親ともに教師である私は、キチンとキチンと育てられた。遅刻なんてしたことないし、そこそこの進学校であるこの高校で赤点だって取ったことはない。

嫌いなやつとは関わらなければいいのだが、こいつが私の活動範囲に侵入してくるから仕方ない。

私は飛んでくる水飛沫を下敷きでガードしながら、千堂光基シネ、と心の中で叫んでいた。
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