ポストモーテムフォトグラフィ
最後の記念写真は

「せっかくの特別な日なのだから、あの子にはとびきりのドレスを着せてあげよう」


かねてから僕はそう考えていたので、ロンドン随一の仕立て屋へオーダーを頼むのに、何の抵抗も無かった。


「それでは、こちらの受け取り欄にサインを…」


出された紙にペンを滑らかに走らせると、仕立て屋の主人は満足そうに笑う。


「ええ、確かに。それでは品物の方を」

「悪いね」

「またぜひご贔屓に」


主人はハンチング帽を片手であげ、黒い桐箱を僕へ預けて行った。
それは額にして実に、僕の二年分の年収に近いものであったが、一つも惜しいことはない。

仕立て屋が僕の家を去った後でも、手に残された高揚感が消えることはなかった。

黒い桐箱は、僕の手に心地よい重さを伝えてくる。
僕ははやる気持ちを抑え、居間で待つあの子の元へ駆けて行った。


「やあ、見てごらん。君のドレスが届いたよ」



そう言って、彼女の目の前でリボンを解く。

ロンドン随一の仕立て屋であるだけ、その仕立ての良さには、男の僕ですら惚れ惚れするものであった。


上質なシルク生地を贅沢に使用し、年頃の女性に相応しいシックなデザイン。
裾のレースも、わざわざデザインから新しく起こしてもらったもので、それもまたドレス全体の印象を品良いものにしている。

彼女の体のサイズは、僕が知る限り仕立て屋に伝えてある。
そうおかしなことでもない限り、体のラインに沿うウェストも難なく入るだろう。


「ああ、とても良い。思った以上のものだ」


ソファに腰掛けたままの彼女は、満足そうに足を揺らし、笑顔で返す。

その華奢な足にだって、僕が先日、市街で見繕った白いハイヒール。


今日は何もかも特別なんだ。

何よりも大事なこの子を、誰よりも美しくさせてあげよう。



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