哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
タイトル未編集

出逢い

 その日は久しぶりに寒い日だった。
 春の訪れを聞いて久しいのに、行き交う人の吐く息は白く曇り、辺りを灰色に染めていった。
 歩道には桜の花びらがピンク色の絨毯となって散っている。人々はそれを踏みながらも肩を竦めて歩いている。
 鏡美鈴は一人夕暮れの街を歩いていた。
 最近、友人の佐伯佐枝は付き合いが悪い。中学一年の冬、杉山義男に告白してから二人で行動していることが多く、美鈴は置いてきぼりのような状態だった。
 それでも二人の仲が良いということはいいことだ、美鈴はそう思うようにしていた。
 それにしても、今日は何故こんなに肌寒いのだろう。まるで置き忘れていた何かを季節が思い出して引き返してきたような気温だった。
 この街では比較的大きな通りを折れて公園の前に出る。春とはいえこの時間になるとさすがに薄暗い。子供達で賑わっていた公園も流石に静まりかえっている。
 そんな中、美鈴はブランコに一人乗っている男の子を見かけた。油の切れた機械のような軋む音が寂しく美鈴の耳に届いてくる。小学校三年生くらいだろうか、寂しげな瞳が紅く染まった空を見上げている。
 美鈴は妙にその子供が気になった。
 そのまま通り過ぎてしまうことが後ろめたい気がしてならなかった。
 美鈴は公園の中に入り、ブランコに近づいていく。
「ぼく、もう遅いよ。お家の人が心配するんじゃない?」
 男の子はその声に驚いたのか、ブランコをこぐのをやめて、美鈴の方に顔を向けた。その瞳が妙に大人びている。まるで世の中のことを諦めてしまっているようだった。
「大丈夫だよ、お母さんはお仕事だし」
「まだ帰ってきていないの?」
「うん、僕の家、お父さんいないから…」
 この子の家も自分と同じ母子家庭なんだ。
 美鈴は男の子の寂しさがわかるような気がした。
「お家はどこ?」
 美鈴の問いかけに男の子は立ち並ぶ家々の隙間から見えるアパートを指さした。
「あそこのアパート」
 それは美鈴が住むアパートだった。
 だが美鈴はこの男の子の顔を知らなかった。
「じゃあお姉ちゃんと一緒だ」
 美鈴はしゃがみ込んで男の子の視線に自分のそれを合わせた。冷めた瞳が美鈴の視線を吸い取っていく。
「今日、引っ越してきたんだ」
 男の子は寂しげに呟いた。
 それならばこの子の顔を知らなくても無理はなかった。
「そうなの。それでどこから来たの?」
 美鈴は何気なく男の子に聞いた。すると男の子は哀しげに俯いてしまった。どうやら触れて欲しくないところに触れてしまったらしい。美鈴はそう悟った。
「ごめんね、話したくなければいいよ」
 美鈴はそう言って男の子の顔を覗き込んだ。男の子は瞳を潤ませている。
 美鈴は立ち上がり男の子に手を差し伸べた。
「さぁ、帰ろう。お姉ちゃんも同じアパートなんだ」
 男の子は嬉しそうに美鈴を見上げた。
「お姉ちゃん、鏡美鈴っていうんだ。君の名前は?」
「僕、遠山信」
 信は小さな声で、それでも嬉しそうに美鈴に答え、彼女の差し伸べた手に触れた。
 その手は透けるように白く、そして冷たかった。
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