さよなら、恋人 【TABOO 飲み会】
本編
それは終わりを告げる知らせ。
あの子の顔は青ざめた。


結婚の報告を兼ねた飲み会は、学生時代よく集まった居酒屋がいいと言ったのは私だった。幹事の友人も「いいね、思い出のお店だしね」と二つ返事で手配してくれた。

彼は大学の先輩になる。入学した年の夏に付き合いだして、それから七年。私たちは結婚を決めた。

「ねえ。ナオトくん、具合悪そうだから見てくるわ。少し飲んでたみたいだし」

一人、ふらりと宴座を離れ外に出たあの子を見て、私は彼の耳元でそう囁いた。その言葉で、彼も席を離れたあの子に気づいて、悪いなと手を合わせた。今夜、この飲み会に来るようにと、あの子に言ったのは、私だ。昔から『お兄ちゃんっ子』と言われているから、今夜ここにいることも、誰も不思議に思っていない。


『弟のナオトだよ』

彼にそう紹介されて引き合わされたあの子は、まだランドセルを背負っていた。その日から、誰にも言えない秘密が、私の胸に宿った。言えるはずもなかった。小学生の男の子に恋心を抱いたなんて。そんなこと、誰にも言えなかった。



外に出ると店内の喧騒が嘘のような、静かな夜が広がっていた。暗闇の中に佇むナオトの隣に、私は並んだ。交わす言葉もなく、ただ私たちは肩を並べて、寄り添いあった。



『ずっと、あなたが好きだった』

ナオトにそう言われて、抱きしめられたのは二年前。生まれて初めて心が震えた。それから月に一度、結婚を決まるまでを約束に、手を繋ぎ唇を重ねるだけの秘密の逢瀬が始まった。




「あと何年早く生まれていたら、僕はあなたを諦めなくてよかったのかな?」

静かな声で、ナオトはそう呟いた。私は、そっと手を繋いで、最後の口づけをした。



「ちょっと酔ってたから、タクシーに乗せて帰したわ」

賑やかな店内に戻ると、私は何事もなかったようにまた彼の隣に座り、そう告げた。彼はありがとなと、私に笑った。
お酒が入った友人たちからの冷やかし交じりの質問責めが続く中、私はただ幸せそうな笑みを浮かべ続けた。



きっと、今、あの子は泣いている。
そんなことを思いながら、私は胸の中で呟いた。

さよなら、ナオト。
たとえ。
神に問われても決して口にはしないけど。
あなただけが。
私の最初で最後の恋人よ。


居酒屋の喧騒を遠くに感じながら、私は胸の中の慟哭を隠し、偽りの微笑みを浮かべ続けた。
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