jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
扉越しの出会い
彼氏(生田 秀斗)に会う度に、わたし(花咲 蕾)は帰り道1人で泣いていた。
彼は短時間で食と性を満たし、わたしの住処とは微妙に離れた場所に送り届ける。
心身ともに痛みを伴う、このミザリーは3年ほど続いている。
ずっと続けられるのは、寂しさと情にがんじがらめにされて麻痺しているからだろう。
単純に優しさと愛があれば、身体が拒否をしても進んでいける、そう思っていた。
そして、将来有望な彼と結婚できる安心感に心奪われていた。

26歳の誕生日、わたしはヌーディーピンクのワンピースに白いファーのベストを羽織り、ボルドー色のパンプスをカラカラと音を立てながら、駐車場へと足早に向かっていた。
秀斗とは普段より少しリッチなイタリアンの夕食を食べ、鳥肌を伴う数時間の営みを終え、送り届けてもらった後だった。
いつものことだと諦めが支配して、もう涙も出なくなった。
なぜか寄り道がしたくなったのは、悲しみを乗り越えすぎたせいで、冒険心が生まれたからだろうか?
キーを回してエンジンをかけ、ワインレッドの軽自動車を発進させた。
向かう先は、食事に行ったイタリアンレストランのある路地だった。
その路地は、レンガ調の家や店が並んでいて、歩くだけで海外へ来たかのような錯覚に陥った。
もう1度、なぜか今日、足を踏み入れたくなったのだ。
得体の知れない、運命的なものに吸い寄せられるかのように。
目的地に近付くにつれて、わたしの瞳はきっと久々に煌びやかに光っているだろう。


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