やわらかな檻
 食事の終わりに出てきたチョコレートケーキは、どちらかと言えば濃厚なムースに近い。

 四角い陶器に入ったケーキへスプーンを突き立て、縁に沿ってそっと持ち上げると三層になった焦げ茶色が姿を現し、上からとろとろのソースが伝い落ちる。


 見目の美しさで難を言えば、掬いきれず僅かに残ったチョコレートが器の白と対比して汚らしく見えることくらいだ。

 香りが良く、口どけはなめらかなのに後を引かない甘さでもある。

 次の一口をすぐ食べたくなる。


 全意識をケーキに集中させているのは向かいに座り、私と同じくケーキを前にしている人物を避けたいからだった。


 彼の弟の状況報告――最近は何をしたり何を読んだり何に興味を持っているか――
のために連れ出されたのだから当然だが、会話のネタは既に尽きていて後はデザートを消費するだけ。


 「美味しい?」と訊かれ返事くらいはしたものの、それ以上の会話は御免だ。

 捻くれた愛情を弟に向けるこの兄は何を考えているのかさっぱり分からない。


「あ、今年のクリスマスはパーティーに付き合わなくて良いから」

 余りにケーキばかり見ていたため、返事をするのに間が空いた。

「……はぁ」


 スプーンを置き、嫌々ながらも礼儀なので視線を合わせる。相変わらず慧に似た顔だ。
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