課長さんはイジワル
第20話 鬼の正体
「あのぉ~、課長が、高校時代に甲子園に行ったって聞いたんですが、本当ですか?」

「行ったなんてもんじゃない。奥田は僕達の時代の伝説のヒーローだったんだよ。ピッチャー4番で有名だったんだけどな。知らない?」

あんな人相と性格の悪い高校球児なんて、私、知らない。

首を横に振る。

でも、私も野球に興味があったから、そんなに有名な人なら知らないはず無いんだけどなぁ。

「あ、そうか。やっこさん、親が離婚して苗字が変わったからな。あいつの前の名前は……。そうそう、うちの証券会社名と同じ澤村(さわむら)だった」

「澤村?!サワムラってもしかして、あの澤村巧(さわむらこう)ですか?!」

「そうそう、それ」

げっ!!
げっ!!!
ゲゲゲ~……のゲッ!!

あの白い歯がキラキラッ!と光る

爽やか笑顔~の甲子園球児、澤村巧?

春夏と2年連続出場して、爽やか旋風を巻き起こした


『白の貴公子』の?!


イメージがガラガラと音を立てて崩れ去る。


どこをどう修正したら、14年後にあんだけ性格の悪い……もとい、ニヒルな大人の男性に豹変……いや、成長するんだろう。


そんな私の横で、林さんが深い溜息を吐く。


「やり切れん話さ。せっかく華々しくドラフト1位指名まで受けてたってのに、親父さんのDV(ドメスティック・バイオレンス)からお袋さんをかばって腕を痛めてしまってな。もう二度と以前のような投球は出来ない体になってしまった……」

お父さんからのDV?!

そんなこと、今までずっと一緒に課長といたけど、聞いたことも無かった。

「そんなに腕、悪いんですか!?」

「普通に生活する分には支障はないらしいが、さすがにプロで食って行くとなるとねぇ。それでも、あいつは誰を怨むでもなく、嘆くでもなく、お袋さんを支えて歯を食いしばって頑張ってたよ」

話しながら、林さんは腕時計に視線を落とす。

「おっと、いけない。思わず脱線しちゃったな。もう、前場(ぜんば:証券取引所で行われている午前中の取引時間のこと)が始まっちゃうから、続きは前場引け後でいいかな?」

「あ、はい!すみません。よろしくお願いします!」

林さんに頭を下げながら、私はしばらく顔を上げることが出来なかった。




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