甘い声はアブナイシビレ
5.紙袋の中身
「葵…。知穂とはしてないよ…」
 強く抱きしめている腕を少し緩めて、ヒックヒック嗚咽を発している私を見つめる。

「知穂とは…最後までしてない」力強い目をして、真剣に私を捕える。

「襲ったのは事実・・、だけど知穂とは…してないよ」
 その言葉を聞いて、ウッッ・・。私の肩が大きく波打つ。

「葵…。知穂をどうこうしてやろうと思ったのは事実・・。親父への当てつけもあった・・。でも、襲いかかった時、知穂が『お母さん!』って叫んだんだ」

 龍一さんが苦渋の顔を見せる。
 「その時オレ、なにやってんだよ! オレ…死にたいって思った…」

 死にたい…って、龍一さん…。

 龍一さんの心臓の音が、うるさいくらいに早く響いている・・。

 苦しそうな龍一さんの瞳に、思わず腕を伸ばした。

「オレ、妹に最低な事をした。恐い思いをさせてしまった…。今も変わらずにオレに接して来るけど、あの時はきっと…」

「で、でも、今は知穂から龍一さんの家に泊まるわけだし…。本当に恐い思いをしたなら、泊まるなんてそんなこと出来ないよ」

 普通ならそうだ。恐い思いをした相手の家に泊まるなんてこと出来ない…。

 昔の龍一さんはわからないけれど、龍一さんは知穂に本当に優しい顔をする。
 知穂のこと無理矢理どうこう出来る人じゃない・・、きっと知穂はどこかでそれをわかっていたんじゃないかな…。

 家に泊まるのだって、それがわかっているから。…それとも、そうなってもいいと思ってるから…泊まれる…?

 ま、まさか・・、ね・・。
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