crocus
crocus 01

翌日の朝食も週当番最後の琢磨くんと誠吾くんが作った食事がテーブルに並べられた。

唯一、全員が揃って食べる朝食の時間は、いつもはおかず争奪戦や、朝のテレビの話題が繰り広げられる。

それなのに今日は少しピリピリしたような重苦しい雰囲気だ。

一面の大きな窓を見れば、空が薄暗い灰色に染まりザーザーと雨を降らせている。

お茶碗のカチャカチャという音だけがやけに大きく聞こえる中、やっと口を開いたのは、桐谷さんだった。

「琢磨、今日の話し合いには?」

「……行かね」

「そうか。じゃあ雪村さんと留守を頼んだ」

話し合いとはなんだろう。
聞いてもいいのだろうか。
でもいい話ではないことは確かで……。

悪い話を当人達の口から無理に話させるのは慮られる、そう思ってまた箸を静かに進めた。

「話し合いっていうのは、建設側が提示してきた店の立ち退きについてのことよ」

知りたかった内容をさらりと話す声が背後から聞こえ、驚いた拍子に茶碗を落としそうになった。

慌てて振り向けば、その声はオーナーさんのものだった。いつリビングに入ってきたのだろう。オーナーさんはいつも気配を消すのが上手だ。

じゃなくて……と心の中で切り替え、耳に残る『立ち退き』という言葉を考えた。

でも、それはあまりに現実味を持たなくて、オーナーさんの続きの言葉を待つことにした。

「ここら一帯の商店街をつぶして、大型ショッピングモールを作るっていうバカげた話を持ってきた建設会社がいるの。立ち退き了承の際には莫大な支度金を用意すると言ってきてね。……それについての話し合いだっていうけど、実際には反対側の罵詈雑言が飛び交うはずだから……その場に若葉ちゃんを連れて行くのには正直気が引けるわ」

最後にすごく申し訳なさそうに「ごめんね?」と言うオーナーさん。

選択権はババ抜きのようにそっと抜き取られ、空気を読まざるを得ない。私も行きたいです、という言葉は胸の奥深くに沈んでしまった。

代わりにブンブンと頭を振って「留守は任せてください」と張り切ってみせるも、若葉は無力さにカっと顔が赤くなるのを押さえるのに必死だった。

優しくポンッと若葉の頭に手を置いたオーナーさんの表情は、いつか見た誰かに似ていてすごく優しかった。


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