死が二人を分かつまで
戸惑い



言葉には、不思議な力がある。


つい自分の口をついて出たものでも、他者から指摘されたものでも、その時点ではただの言葉であったものが、気が付いた時には自分の目の前に真実として突きつけられていたりするのだ。


進藤は、会社の自分のデスクにて、手元の資料に記されている数字を目で追いながらテンキーを叩いていた。


慣れた作業なので、ついつい脳の一部は別の思考に飛んでしまう。


不意に、数日前の津田の言葉を思い出した。


『さとし君に、小夜子さんの面影を重ねちゃったりしたんじゃないの?彼は男の子だからね、勘違いすんじゃないよ』


「うわっ」


思わず叫びつつ、両手で頭を抱える。


周りで仕事している部下達が、一斉に進藤に視線を向けた。


「ど、どうしました?部長」


「あ、いや」


進藤は『仕事中に何考えてるんだ馬鹿』と自分自身を叱責しながら顔を上げ、問い掛けて来た男性社員に向かって返答した。


「違うデータ、入力してたよ。最初からやり直しだ」


進藤の言葉に、室内には控え目な笑い声が響いた。
< 119 / 254 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop