愛を教えて ―背徳の秘書―
(2)君が可愛い理由
港区、麻布十番駅の近くに宗のマンションはある。

藤原グループの本社ビルから徒歩十分もかからない距離だ。
 
宗は地下駐車場に車を停め、内階段を使ってエントランスホールに上がった。オートロックの解除ボタンを押し、エレベーターホールに入る。八階建マンションの七階に彼の部屋はあった。


エレベーターも廊下も消臭剤と芳香剤が混じった微妙な匂いだ。

必ず、小さくだが犬の鳴き声が聞こえる。最近はペット可のマンションが主流だから仕方がないだろう。彼自身、実家では犬を飼っている。気になるのは動物ではなく芳香剤のほうなのだが……わざわざ口にする男ではなかった。

鍵を開け、室内に入った瞬間、宗は懐かしい気配を感じる。玄関の左手が寝室、正面がリビングのドアだ。宗は躊躇わず、真っ直ぐに足を進めた。

リビングの中はどことなく温かい。ほんの数時間前まで人がいたせいだろう。

ダイニングテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。


『お帰りなさい。お仕事お疲れさま。シチューは冷蔵庫の中に入れました。過労死する前に、保険金の受取人は私にしておいてね。雪音』


濡れたネクタイを緩めながら、思わず苦笑する。

だが、ふいに雪音のメモをテーブルに放り出し、宗はバスルームに飛び込んだ。服がシワになるのも気にせず床に脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。

そのとき宗は、雪音に合鍵を渡した夜のことを思い出していた。


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