マザーリーフ
シドニー
ーオーストラリア・シドニー


「永瀬!」

誰かがすれ違いざま桃子を呼んだ。


「永瀬だろ?久しぶりだな。」

振り向いた桃子は目を見開いた。

「えっ!潤!?」

一瞬、誰か分からなかったが、よく見ると少し大人になった田宮潤がいた。

こんなところでそんな風に呼ばれるなんて、思いもしなかった。



シドニーにあるサーキュラーキー駅構内で、桃子と潤は5年振りの再会をしたのだ。

「誰?この人?」

友人の麻美が桃子に聞く。


「あ、この人、中学の同級生で田宮潤君。潤、この子、私の友達の麻美。」

「どうも。よろしく。」

桃子が友人を紹介すると、潤は日焼けした顔に白い歯を見せながら、にこやかに挨拶をした。

桃子が知っている潤は、ひょろりと痩せている童顔の少年だった。

今、目の前にいる潤は、顔付きが締まり、逞しい青年になっていたが、濃い眉とはっきりした目は昔のままだ。


潤は腕組みをし、右手で自分の顎をさわるポーズをしながら、桃子になんでここにいるのかと尋ねてきた。

「短大の卒業旅行だよ。20日からいるの。」

答えながら、そうそう、そうやって話しながら顎を触る仕草、変わってないと桃子は嬉しくなった。

「潤も旅行なの?」

「俺はワーキングホリデーだよ。親戚がこっちで焼き肉屋やってるから、そこで働いてるんだ。」

「わあ、すごいね。」

桃子と麻美は口を揃えてはしゃいだ。

「これから、どこに行くの?」

「ハイドパークに行くのよね。」
潤の問いに麻美が口をはさんだ。

「ハイドパークか、いいね。でも、今日は天気がいいから、ビーチのほうがいいんじゃない?」

桃子と麻美は目を見合わせた。

「俺はこれからマンリービーチに行くんだけど、よかったら、一緒に行こうよ。」

桃子と麻美は、マンリービーチに行くことにした。

フリータイムはまだ一日あるから、ハイドパークは明日でも大丈夫だ、という結論になったからだ。



潤の案内でフェリーに乗り、マンリービーチに向かった。

「シドニーではボンダイビーチの方が有名だけど、俺はマンリーの方が好きなんだ。」

潤は言った。

桃子たちは船のデッキに出て、海の風に当たる。

ゴールデンゲートブリッジが見える。

高層ビル群を従えた不思議で美しい形のオペラハウスの横を通り過ぎると、まだ出発して間もないのに、水平線しか見えなくなった。

桃子は、海の真ん中に漂流している気分になり、一瞬、怖くなった。


遠く左手に見える緑の島に小さな船着き場が見えた。

「あれはタロンガ動物園。もうコアラは抱いた?」

潤が島を指差し、二人に尋ねた。

「うん、フェザーデールでね。」

「コアラって案外かわいくないでしょ?」

潤はそんな事を言って二人を笑わせた。


フェリーは30分ほどで目的地に着いた。

マンリービーチはサーフィンや海水浴を楽しむ人々で賑わっていた。


青と緑が混じったような美しい海。

サーフィンに興じる人々を眺めながら、砂浜に座って三人でお喋りをした。


潤は大学を休学してオーストラリアにきている、と言った。

ワーキングホリデーは半年間であと4ヶ月後に帰国する。
今日は仕事は休みなのだ、と言った。

「今夜は予定あるの?」

潤が立ち上がり、足の砂を振り払いながら聞いた。

桃子と麻美が首を振ると

「じゃあ、俺が働いてる焼き肉屋に行かないか?今夜、そこで高校の先輩と会う予定なんだけど、一緒にメシ食おうよ」

焼き肉、と聞いて桃子は心が踊った。

オーストラリアの食事は口に合わず、日本食が食べたかった。
焼き肉なら尚更いい。

それは麻美も同じだったようで、
「いくよね?」と桃子が聞くと
「行く行く。」と答えた。

旅行も終盤で手持ちのドルは多くないが、お土産を買うのを減らせばなんとかなるー桃子はそう思った。

潤は拳の親指を上に突き出すポーズをしながら言った。

「じゃあ、決まり。ジャパニーズガールが来るって言ったら、先輩、喜んじゃうよ。」
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